おかみの花日記
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河原なでしこ

| 2001-08-17 16:57:00 | トラックバック(0) | コメント(0) |
なでしこの花は万葉集や様々な歌集の中で、多く古来から詠まれている。いにしえの歌人大伴家持の和歌に、亡き妻の面影をなでしこの花に観て偲んでいられる和歌がある。私はこの花に子供の頃を思い出す。青い空、入道雲、せみの声、河原で遊ぶ子供たちの声、そんな傍らになでしこはやさしく咲いていた。夏の茶花の無くてはならないこの花も近頃は環境の変化でとても少なくなってきた。夏は咲く花の少ない中、このはなの存在はとても貴重でもある。里山より早朝持ち帰り、私も床の間の花入れに活けながら、家持の偲んだ女性ははどんな方だったのかと思い描いてみる。

せんのう

| 2001-08-05 16:57:00 | トラックバック(0) | コメント(0) |
もうずいぶん昔の事ですが、下郷町の大内部落に至る沢でこの花に初めてであった。盛夏の暑い日に沢の空気はひんやりして霧が立ち込めており、土手沿いに静かにオレンジ色の花が咲いていた。
同行した友人が「節黒せんのう」という花だ、と教えてくれた。濃い緑の中にひときわ美しく咲くこの花は幻の花だと思うぐらい見つけられない、三島町西隆寺の遠藤大禅老師が私のところに残した書「草中一点紅」とはこの花の事だと和尚も語っていた。すっかり心に染み付いたこの花を、早朝里山に入る私の心が探していることにきずく。

清流

| 2001-07-21 16:56:00 | トラックバック(0) | コメント 212 通 |
東山温泉から更に奥、昔「湯の入」といわれたこのあたりに、城下の人々が青木清水と呼んだ名水が有ったとも言われております。中国も唐の時代、陸羽という方が「茶経」という茶の書を著れ、その中で水について触れています。人はなぜお茶を飲むようになったのか、唐の時代にお茶がどのようにつくられ飲まれたのか、そのようなことに対する興味から先年新潟県長岡市の県立美術館に、茶経が書かれた唐の時代の文物展をわざわざ見に出かけてみました。「茶経にいわく、水は深山の湧き水を持って上と為す、河川の中流の水は中。市中の井戸水は下。」であると・・・2000年も昔の高度な文明に思いを廻らしながら、いつしか私は東山の清流を思い描いていました。
本当に夏、深山で飲む湧き水は命に染渡るような気がするものです。

***会津名水紀行のホームページ***
会津は水がおいしい名水の地、会津各地の名水を紹介するページです。
http://www.aiaiaizu.com/meisui/

七夕

| 2001-07-01 16:55:00 | トラックバック(0) | コメント(0) |
織姫、彦星伝説も朝鮮の古代伝説はいささか様子を異にするようであり、朝鮮のお話はかささぎという鳥が重要な役目を果たします天の川にかささぎが羽を広げて橋と化し,二人の出会いを助けるという筋書きであります。
かささぎは元々日本には居なかった鳥である。からすの仲間ともいわれ、戦国時代に加藤清正が朝鮮半島から連れてきたともいわれております。適応力が強く、野生化して九州地方で大繁殖し、近年電柱などに巣をつくり厄介者になっていると聞きます。大陸からは多くの文物と共にこのような伝説や故実の類も伝承し日本人の好きなように形成されたのでしょう。
日本に伝わる天の川伝説は、いつしか日本人の好みにストーリが変り、満天の星空に悲しい恋物語を思い描き、いつの時代も人々は様々な想いと願いを託してきたのでしょう。

アカショウビン

| 2001-06-17 16:55:00 | トラックバック(0) | コメント 268 通 |
新緑の頃、少し奥まった里山の沢で「キョロロー」と長く引くような声で鳴く鳥は、何の鳥かしらと長い事思っていた。それが、アカショウビンだと判るまでには時間を要した。この鳥は、人間の前に姿を見せる事はほとんどない。柳津町の虚空蔵尊の境内で、可愛そうになにかの理由で息絶えた、赤く美しい姿を見たのが最初で最後、こんなに美しい鳥がいたのかと驚いたものです。それ以来泣き声は聞くが、姿をお目にかかることはない。渡り鳥で、新緑の頃山の幸を求めて里山に入る私に、南の島から今年も「かえってきたよ」と鳴き声で教えてくれる。この頃になると「かっこう」の声も競うように聞こえてくる。

ひめさゆり

| 2001-05-28 16:54:00 | トラックバック(0) | コメント 255 通 |
もう何年まえになるかしら、私たちが南郷村の姫小百合栽培農家、月田さんのお宅を訪問したのは。南会津の小さな町で深山に咲く姫小百合の美しさに魅せられ、親子に二代にわたり姫小百合の栽培に挑戦された。次々と失敗を重ねながらついには栽培に成功する。
その努力もさることながら、この花を見ておりますと、その魅力に取り付かれた心が解らない訳でもない。それにしても美しすぎる、と思うのは私だけでしょうか。初夏の深山にあでやかに咲く姿は、あまりにも美しく妬みすら覚える。
今ごろになると、会津の熱塩加納村では、自生の姫小百合を愛でる、姫小百合祭りが行われます。ぜひお出かけください。

舞い鶴草

| 2001-05-14 16:54:00 | トラックバック(0) | コメント(0) |
5月の半ばになりますと、深山の針葉樹の下などに群生している。それに致しましても舞い鶴草とは、何とも素敵な名前でしょう。葉の形がハート型をしておりましてその葉脈の筋が、まるで鶴が羽をひろげたかのように見えることから付けられたとか、山から庭に移しましたら繁殖力が強く私のお店の門から中の路地に、花が増えすぎて困ってしまいました。
以前猪苗代湖の湖畔に夏行きましたら、湖畔の松林の下草が全部この舞い鶴草なのには驚きました。もう花時はすぎ人々の喧騒のなかに心を寄せる人もないのが寂しかったものです。

二輪草

| 2001-05-01 16:54:00 | トラックバック(0) | コメント(0) |
私には誰にも教えたくない野の花の地図があります。
この月の何時頃になると何処何処にこんな花が咲くという具合です。
春の野の花で一番好きな花といわれれば、私は躊躇することなく二輪草とお答えします。毎年今か、今かとまちこがれる程この花が好き。
日当たりのよい沢地や、里山の湿り気の多い場所へ群生しております。
一本の茎に二輪や三輪の梅の花によく似たやさしい花をつける。
沢水をバケツに汲み、静かに揺れない様にお店へ持ち帰り、時代を経て艶の良くなった時代物の籠へ活けてみる。
このはなが特別に合う籠があり、床の間に白い妖精が舞い降りたかのよう、静かに向き合って居りますと、本当に沢の流れる水音が聞こえてくるかのようです。

こぶし

| 2001-04-16 16:53:00 | トラックバック(0) | コメント 238 通 |
今頃になると、今は亡き遠藤大禅老師を思い出す。奥会津三島町の西隆寺という小さな寺の住職であられたがご縁をいただき数多くの書を私の店に残していただいた。
「ほろ甘きこぶしの花を手折たる 裏山道をわすれかねつも」
とかかれた詠草をいつもこの時期になると床の間に掛ける。
老師が出版された本を思い出し読んでいて、はっと気がついた。これらの詠草はあの太平洋戦争の最中にビルマのジャングルで生死のぎりぎりの所で作られたものばかりなのだということを。生きてあの故郷に帰りたい、あの裏山の春をもう一度見てみたい。そんな思いが込められている事に気づかされた。
花には人はそれぞれに思いをこめる、私は移り行く季節の中で、花に何を見ていたのだろうか。

かたくり

| 2001-04-08 16:53:00 | トラックバック(0) | コメント 1 通 |
まだ何も芽吹いてない雑木林のなかに、かたくりの群落を時折見かける事があります。その美しい姿はまるで神様の造詣のいたずらのようです。枯れ落ち葉の中に妖精が舞い降りたかのように咲いております。
昔、この球根からでんぷんの片栗粉をとったのがこの花の語源だとか。一度根を掘ってみましたら、ものすごく深いところに球根がありました。そういえばこの種はありが地中深く運ぶのだとかいう話を聞いた事があります。奥会津ではこの葉を採集して湯がき、干して乾燥させてから大切に保存し飢饉に備えたと言う話を聞いた事が在ります。

【奥会津かたくりの群生地の紹介】
福島県三島町大林故郷の山周辺は4月中旬から下旬にかけて全山を覆うかたくりの花で満開になる

三島町商工会 TEL 0241-52-2430

旅立ち

| 2001-04-02 16:52:00 | トラックバック(0) | コメント(0) |
3月も末頃になると、白鳥たちが遠いシベリアを目指し旅立ちの頃となる。いつもこの頃になると私たちは猪苗代湖に、それとなく見送りにいくようになっていました。
今年の会津は雪が多く吹雪く日が続き、会津盆地の田んぼや沼地で、いつもの年なら見かけない白鳥の姿を多く目にしたものです。おそらくは餌が不足して会津の盆地に餌を求めて飛来したのでしょう。シベリヤに帰るだけの体力をつけたのだろうか・・・などと余計な心配をしてしまう。
首のあたりが灰色の羽が残る若い白鳥に「がんばるのよ」と声を掛けてみる。
今年も会津の里からは多くの若者が旅立っていった。私もこの美しい会津のことが忘れられなくて戻ってきた。旅立つ若者や若い白鳥たちに故郷の事を忘れないでほしいと願う。

福寿草

| 2001-03-21 16:52:00 | トラックバック(0) | コメント 2 通 |
雪どけの頃が好き、藤原家隆の古今和歌集の中にある歌に「花のみ祭らん人にみせばや、山里の雪間の春を」と言う詠草があります。現代風にいえば、満開に咲く花の春も良いけれど、山里の雪間に咲く春の方が本当の春のような気がする。というところでしょうか。
千利休がお弟子さんに茶の湯の心を尋ねられたときに、この家隆の歌を示されたと伺ったことがあります。南会津の里に雪どけの頃訪ねて見ますと、日当たりの良い土手などに福寿草の花の群生を見かけることがあります。昨年も下郷町の大内部落近くの旧街道で、石仏の傍らに咲く福寿草の群生地を見つけました。春の日にきらきら輝くその花の姿は、長い冬の終わりを祝福するかのようです。この花は残念ながら持ち帰るのはとてもためらうのです。おまけに家の中に入れると、悲しい事に萎んでしまいます。やはり福寿草は山里にあるべきなのかもしれない・・・

日本一の福寿草群生地、福寿草祭りがおこなわれます 場所 福島県耶麻郡山都町沼の平地内

期間 3月25日~4月8日まで

主催 山都町商工会 詳しくは
http://www.akina.ne.jp/~yamatosk
TEL 0241-38-2254

彼岸獅子

| 2001-03-10 16:52:00 | トラックバック(0) | コメント 1 通 |
会津の里も春彼岸までは天気も荒れますが、彼岸に入ると急に春めいてまいります。
 城下町の何処からともなく春を告げる軽やかな笛や太鼓の音が響き渡りますのは、会津に古くから伝わる伝統芸能会津彼岸獅子の笛や太鼓の音色です、この笛や太鼓の音が聞こえますと春が来たんだといつも思います。
 郊外の集落から数組の獅子団が城下へ入り、各家々を巡り彼岸に帰る先祖の霊を供養する為、笛や太鼓の音曲に合わせ舞を舞います。
 江戸時代、城下の人々がこの彼岸獅に対しての入れ込みようは、それは大変なものが有ったらしいのです。
 今のJリーグのサポーター宜しく、朝から晩までついてあるったり、仕事も手につかないばかりか、夫婦でもその時期は、ひいきの獅子に熱を入れるあまり、口を利かなくなるなんてこともあったようであります。
 彼岸獅子が訪れる頃は、笛や太鼓の音色と競うかのように、うぐいすが御城下を訪れ“ホ~ホケキョ”となきながら春を告げてくれます。

流し雛

| 2001-02-15 16:51:00 | トラックバック(0) | コメント 198 通 |
奥会津、三島町にいつ頃から在るのかはさだかでないが、不思議な流し雛の風習があります。
それも高清水地区だけある不思議な風習です、この山里の村人は3月3日の日に、紙で自分の家にいる女性の数だけお雛様をつくり災厄をその雛に託して翌日のあさそれを川に流す、村人の言い伝えによると紙雛は流れ流れて紀州の淡島神社までながれてゆき、災厄を移されたお雛様はこの島で浄化するというのである。
奥会津の山里にはこのような美しい伝説や伝統がいきずいている。今年も、この春まだ遅い山里に流し雛の季節が巡ってきます。
詳しくは下記まで

三島町商工会 TEL 0241-52-2430
URL http://kpc.kyoritsu.co.jp/Okuaizu-no-shoku/

奥会津書房 TEL 0241-52-3580

かわがらす

| 2001-02-03 16:39:00 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今年の雪は何でしょうか、雪の少ない年がしばらく続いたと思ったら今までの仕返しをするかのように雪が降ります、まとめて何年分も積もったかのよう。
私の住まいはお城の南側、湯川のほとりにあります。歩いたほうが早いので、雪の多い日などは歩いてお店に向かいます。今日は橋の上から川面に目を移したら、流れの石の上に「かわがらす」を見つけました。ムクドリぐらいの真っ黒な鳥が石の上からドボンと冷たい水の中に入り、しばらくすると又石の上にいます。同じ動作を何度も繰り返す様は何ともユーモラス思わず笑ってしまいます。「おーい風邪ひくなよ、」なんて思いながらお店に向かいました。