おかみの花日記
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錨草(いかりそう)

| 2002-04-20 17:07:00 | トラックバック(0) | コメント 195 通 |
私の摘み草のテリトリ―はせいぜい車で30分が限度。東山温泉の院内御廟(歴代会津藩主の廟)やその周辺の山は 大切な花摘みの場所、この辺りは今ごろ白い錨草の満開の時期を迎える。掲載の錨草は太平洋側の錨草で紫色をしている、猪苗代湖周辺の東側から紫色になるという。友人がこの紫色の錨草をお店の路地に移植してくれたが根付いてくれて毎年花を楽しませてくれる、しかし会津のような雪国には、やはり白い錨草が似合うのではなかろうか。

すみれ

| 2002-04-03 17:07:00 | トラックバック(0) | コメント 1 通 |
会津盆地の里山の雑木林に下草が萌える頃、すみれは咲き始める4月の末頃が盛りだろうか。奥会津三島町西片西隆寺の故遠藤大禅老師が私のところにスミレの詠草を残している。『石垣の 石の間にはえし草、何時しか小さき花つけにけり』何気ないこの歌も、生前和尚が書かれた『観音の風光』を読んでいると平和への熱い願いと、日常の何気ない事に感謝できる幸せを読みとれる。あの太平洋戦争のビルマの戦場で、銃弾が炸裂する塹壕の中、水浸しの壕の渕に咲く「すみれの花」に和尚様は命の輝き、観音様を見たという。生きてあの東北の田舎のふるさとに帰りたいという願いは叶って本当に禅僧らしく、苦悩しながら世のために生きてこの世を去った。今年も山里の小さな寺に春が巡ってくる。和尚が平和への熱い想いと願いを込めた「すみれ」がこのちいさな山里の前庭にいつもの様に咲く。
(写真、2月ひめゆりの塔の庭に咲いていたすみれ)

アヅマイチゲ

| 2002-03-22 17:06:00 | トラックバック(0) | コメント 209 通 |
雪解けの会津の里山で日当たりのよい場所に一番に顔を出すのはアヅマイチゲ、よほど太陽の日を待ちわびたのか、採って来て花入れにいけても花を閉じてしまう、咲き誇る桜を愛でる人はいても、雑木林の片隅に咲くアズマシイチゲの花を愛でる人はいない、千利休はこのような花に教えられる春を本当の春だと弟子たちに語った、雪解け頃会津においでになるのであれば車を止めて道路の傍らにこの花を探して見てください。

孫三郎

| 2002-03-04 17:06:00 | トラックバック(0) | コメント 1 通 |
尾瀬に近い桧枝岐の春は遅い、雪解けが始まる頃、春一番に雪の中からふきのとうが顔を出す。ふきのとうに特別の愛着を感じるからか、それとも長い冬から解放してくれる花に、特別な想いと物語りがあるのだろうか。雪深い里の人々は、ふきのとうに孫三郎という人の名前を付けて愛称を込めて呼んでいる。縁が有り桧扇と云う民宿に泊まることがあった。民宿の裏には「燧の湯」という共同浴場が有る。ここの露天風呂がまたすてき。大きな露天風呂に心ゆくまで浸りながら、何でそう呼ぶのか想像を巡らす。その後に食事の時に頂いた孫三郎の酢の物は美味しかった、なつかしさからか、心の琴線に触れるような静かな感動を覚える。命に染渡るような気がした。

桃の花

| 2002-02-18 17:05:00 | トラックバック(0) | コメント 187 通 |
今年も私のお店では雛祭りのイベントがはじまる。雛祭りには桃の花が付き物、桃の花といえば旅先の勝沼盆地の桃の花は見事であった。擂鉢状の勝沼盆地は桃の花にうめつくされ、この世のものとは思えない情景に声もでなかった。私たちの乗ったバスは桃の花に惑わされたかのように道に迷い桃畑の中を迷走したが、おかげで桃源郷を心ゆくまで楽しませてもらった。私の友人に桃の花にひかれ福島に越してきた人がいるが、きっと桃源郷に住みたいと願ったのだろう。

鷽(うそ)

| 2002-02-02 17:05:00 | トラックバック(0) | コメント 2 通 |
鶴ヶ城の中を歩いてくると、すずめ位の大きさの美しい小鳥が桜の花の蕾をついばんでいるのを見かける事があります。鷽(うそ)と呼ばれている鳥である。その姿の美しさからはほかに名前がなかったのかと思うくらい不名誉な呼び名です。この鳥は他の桜にはめもくれないで、ひたすらソメイヨシノの蕾を食べる。ひどい時は哀れな花見となるときもある、真剣に駆除の話が出ることある位です、私は鷽の味方をしたいが『花見の出きる位は残しておいて」と声を掛ける。

硬雪

| 2002-01-21 17:04:00 | トラックバック(0) | コメント 229 通 |
幼い頃、雪間の天気の良い日は、よく硬雪を踏みに行った。雪の世界で太陽の陽射しが乱反射して目もあけられないような事も多かった。長い雪の中で過ごしいると、この開放感がたまらなくて、硬くなった雪の上をどこまでも歩いた物です。雑木林の中はこがらやしじゅうからなどの小鳥が遊び、この小枝にまゆみとよんだ虫の卵を見つけたり、うさぎや他の小動物の足跡が消える木の根元を覗き込んだりそれは楽しかったものでした。

明けましておめでとうございます

| 2002-01-05 17:02:00 | トラックバック(0) | コメント(0) |
会津の里は今年も雪の多い新年を迎えました。
数年前まで雪のない正月を迎えていたのがうそのよう…。雪のしんしん降る夜などは、城下に梅の花の香る時期が待ち遠しくなります。春も彼岸の頃、城下に響き渡る彼岸獅子の太鼓の音色やどこからともなく聞こえてくるうぐいすの声、会津の春は美しい早く来ぬ物かと願うのは私だけだろうか。

ひよどり

| 2001-12-24 17:01:00 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今年は12月の初めから大雪が一晩のうちに積もった。私の自宅の小さな畑には梅の木と山椒の木が数本ある。7年ほど前に移植したのだが、その木にこの時期色々な鳥がやってくる。すずめ、かわらひわ、むくどり、どうしたことか今年はもずが来ない。そんな小鳥たちの中、畑の雪の上に置いた餌をついばみに来るのが一番多いのはやはりひよどりである。どこからかきた種が大きな“ひよどりじょうご”の蔓となり、私の家に絡み付いていたが秋に紅い実をたくさんつけた。その実にれんじゃくの大群が来ていた。はじめて見たれんじゃくは本当に美しい鳥でした。

ベンちゃんさようなら

| 2001-12-05 17:01:00 | トラックバック(0) | コメント(0) |
私にはハムスターのペットがいた。名前はベンちゃん、ジャンガリアンハムスターという種類のねずみさん。料理屋の仕事は想像以上にきつい、忙しい時など帰宅が24時を過ぎる事もしばしば。疲れて帰宅する時に籠の中のベンちゃんに『ただいま」と挨拶し餌を与えるとノコノコ巣から出てきて私を慰めてくれた。
最近足取りがふらつくと思っていたが、ある日帰宅していつものように声をかけたら反応がなく巣穴で冷たくなっていた。手のひらに冷たいベンちゃんをのせて別れを告げたが、涙がぼろぼろとめどなくこぼれた。べんちゃんありがとう。

戻ってきた白鳥

| 2001-11-20 17:00:00 | トラックバック(0) | コメント 3 通 |
11月に入ると数羽の群れになりながら遠いシベリヤから猪苗代湖に白鳥たちが戻ってきた。今年は少し早いような気がするのは私だけだけだろうか。首のあたりが黒っぽかった若鳥たちもすっかり大人になっていることだろう。
この前、湖の傍を見ていたら浜には白鳥の姿は無く聞けば田んぼに落穂を拾いにいってるとの事、今年も会津は雪が多そうだし、厳しい冬になりそう。

もみじ

| 2001-11-01 16:59:00 | トラックバック(0) | コメント(0) |
会津で最も美しいもみじの場所は、柳津町円蔵寺福満虚空蔵尊の庫裏の前のもみじだと思う。
大同二年の開山といわれるこのお寺の本堂は東北の田舎町には似つかわしくないほど立派で只見川沿いの岩場に荘厳な伽藍が立っている。晩秋の頃のこの庫裏前の土塀のまえのもみじの美しさは筆舌に尽くしがたい。私はこの場所が大好き。
11月初め頃、お天気の良い日に木漏れ日の中、もみじのトンネルを潜り抜けると私の心もいつしか赤く染まってしまう。

吾亦紅

| 2001-10-13 16:59:00 | トラックバック(0) | コメント 203 通 |
背炙り山の頂上付近、草原の秋風に吹かれて揺れる吾亦紅は寂しそう。
夏の終わりごろから蕾をつけ咲き始めるが、何も知らない人にこの花を示し花なのだと言っても、とても花とは認めたくもないであろう、風に揺れながら「私だって赤いのよ、私だって花なのよ」と訴え掛けてくるような気がする。
「私だって女なのよ、振り向いて…」昔の人はそんな切ない女心をこの花に見ていたのだろう、ところが、この花の語源はそういう意味とは違うらしいことを最近知った。
しかしやはりそんなことはどうでもいい、戦国時代は枯梗を朝顔と呼んだ様に、花には人の思いを反映して時代により花の呼び名さえ変えてしまう。
私は風に揺れる吾亦紅が切ない女心を反映しているのだと思う。

月見

| 2001-09-21 16:58:00 | トラックバック(0) | コメント 299 通 |
ずいぶん前にある月見の茶席に招かれ、その席の床間の掛け軸に、とても魅せられてしまったことがあります。お軸は画賛で会津出身の江戸時代の絵師、菊地蓉斎の平家物語の時代絵でした。
嵐山の山里に隠れ住んでいられた高倉の宮のお妃さま小豪の局を、宮の使いで笛の名手源仲国が、満月の月夜の晩に笛を吹きながら探しにくる美しい場面です。画面に古の嵯峨野の月夜が描かれ、まさに月見の席にふさわしい一幅でした。
あれから何年が過ぎたでしょうか、月見の頃になるとあの絵を思い出し、お月様にもう一度あの絵を見てみたいと長い間願っておりました。一度でいいからあの絵を私のお店の床間に掛けてみたいと…。処がふとした事が縁で、昨年私のお店に持ち主のご好意でお借りできる事になったのです。このお軸に再会できるとは夢にも思っていなかっただけに、床に掛けたときには、再会できました感激に思わず涙が出てしまいました。

柿蘭

| 2001-08-30 16:58:00 | トラックバック(0) | コメント 3 通 |
こんなに里山を歩いているのに、ついぞ今までお目にかかることができなかった。はじめて見たのが昨年の今ごろ、高原の湿地帯に足を踏み込んだら、木陰にそっと咲いていた。
その美しい姿に感動し興奮で体が震えた。おかげで長靴を忘れた私の足は泥だらけになってしまった。何の花かしらと大切に持ち帰り、早速植物図鑑で調べてみたら、柿蘭というとても珍しい植物との事、採らなければよかったと複雑な気持ちになってしまった。