おかみの花日記
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スペインに咲いていた花(ウスベニアオイ)

| 2007-06-10 15:09:52 | トラックバック(0) | コメント 1 通 |
サクラダファミリヤ
スペインへの途中、 オランダのアムステルダムの空港で飛行機を乗り換えなければなりません。

オランダは夜の9時を過ぎているというのにまだ明るい、
乗り換えの飛行機が飛び立っのは4時間後、フランスの上を過ぎスペインの上空あたりから暗くなり始めてきました。

おだやかなオレンジ色の光の町の夜景が次々と上空からも見え、やがてバルセロナが見えてきた。

飛行機はいったん海上に出てUータンし、空港へ着陸した。真夜中にバルセロナに着いて私たちは、空港で荷物を受け取り、バスに乗りホテルへチェックインしたのが現地時間で11時を過ぎていました。
ホテル玄関


明日はあの有名なサクラダフャミリヤなどを見学する予定。日本では朝の5時ごろだというのにこれから睡眠::

翌朝、朝食の後、出発前の空き時間を利用して、このホテルの前にある空き地を見ていたら、いろいろな花が咲いているのに気づき辺りを歩いてみた。

日本では見たこともないものばかりのなかで、特にゼニアオイの花に良く似た花があり、後で調べてみたら、花の色からしておそらくウスベニアオイらしい。
ウスベニアオイ

もともとこの花は地中海地方が原産で、ハーブとして薬草の扱いをされて、世界中に広まったという。

日本に入ってきたのは江戸時代の初期ではないかといわれています。でもよくみると日本のものとは葉のつき方や立ち姿が微妙に異なります。この花は道路の路側帯といわず、空き地といわずいたるところに咲いていました。でもイタリアではあまり見かけなかったような気がします。

アルハンブラの想い出(バイカウツギ)

| 2007-05-31 10:58:13 | トラックバック(0) | コメント 1 通 |
あるはんぶら

アルハンブラ宮殿で日本語を話す愉快な現地ガイドさんが花に詳しいのには驚いた。

アルハンブラ宮殿は花の時期、多くの種類のバラ、食べれないオレンジ、トベラ、タイサンボク、ウツギ、特に目を引いたのはバイカウツギでした。
アルハンブラのバラ


自称「ビン、ラビン」と称する愉快なガイドさんは、私たちに日本語で宮殿の花の説明をしてくれた。花は良く日本のものに似ているが、どうやらヨーロッパ原産のものらしい。
バイカウツギ

会津にはウツギとかタニウツギは良く見かけるが、バイカウツギはなかなか見かけない。私たちのお店でも、茶花としては申し分ない花材だが手に入りにくく、飾った記憶がない。

宮殿の庭にあったオレンジは、スペインの町のあちこちで見かけたが実をつけているのに、ぼたぼた落ちていて誰も採取しようとしない。
たいさんぼく


不思議だなと思っていたら実がとても苦い種類だとの事。地元では、ママレードの材料に使用するだけだと愉快なビンラビンが教えてくれた。


ひなげし(スペインに咲いていた花)

| 2007-05-30 08:38:36 | トラックバック(0) | コメント 1 通 |
ひなげし
スペインの車窓からの風景は、昨年訪れた イタリアに比べ、良く似てはいるものの単調な風景が続く。

イタリアでよく見られた、丘の上や小高い山の上の修道院や古城の姿は見られない。オリーブ畑があったと思うと、平地といい丘陵地といい果てしなく広がる。オリーブ畑

そこには草も生えておらず、オリーブの木意外は見つからない。まるでこの国の人たちはオリーブ以外は木だと思ってないようです。

何時間走っても石だらけのオリーブ畑が果てしなく続きます。またある時は、しばらくして麦畑が続いたかと思うと、この麦畑がうねる丘陵地帯に、何処まで続くのかと思うくらい地平線の彼方まで続く。

目的地の都市から都市の間を埋め尽くす大地は全がこんな調子です。そんななかに救いのように、時折雑草のように咲くヒナゲシ(スペイン語でamapola:アマポーラ)の群落が現れます。

草原や麦畑なかに広がるヒナゲシは、5月の南ヨーロッパでは今頃よく見られる光景のようです。「モネ」や多くの画家達がこのアマポーラを絵に描いています。

昨年のイタリアでもそうでしたがエニシダも咲いていた。
セビリアに向かう山脈を貫く高速道路の真ん中の路側帯に、大きな株のエニシダの木が果てしない距離で植えられていた。

イタリア南部のように山全体がエニシダで覆う尽くす程ではありませんがとても目に付きます

ジャカランタ(スペインに咲いてた花)

| 2007-05-29 16:08:06 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ジャカランタ
お店のメンテナンスの期間を利用してスペインを旅行してきました。

2日目の宿で、レストランの窓から濃い青紫の花木が見えた。外は夜の9時頃だというのにまだ明るい。10時を過ぎないと暗くならないらしい。

翌日、花に詳しいツアー参加者がジャカランタの花だと教えてくれた。出発前の時間を利用して樹下に行って見たら奥会津の方に見られる「桐」の花に形が良く似てると思った。

ただ葉の形がまるで異なり、葉はナナカマドに似ていた
和名で「キリモドキ」南米に移住した日本人がそう呼んだといいます。

もともとはブラジルの原産らしくブラジルの「国花」だという。私はこの花はスペインに来て初めてお目にかかれた。

今まで見たこともなかった。ポルトガルや他のヨーロッパ諸国でも栽培が盛んだという。グラナダやセビリヤの街路樹にバスの車窓からこのジャカランタの並木が見えた。

この花が咲くとスペインは雨季を迎えたと知るのだという。私たちは幸運にも雨にたたられなく済んだが、ラマンチャの風車を見るために向かう途中、集中豪雨で道路のあちこちで道路が灌水して道路の通行規制が行われていた。

スペインも雨の時期を迎えていたようです。


よしきり

| 2007-05-18 10:08:24 | トラックバック(0) | コメント 1 通 |
よしきり
五月のさわやかな時期を迎えた。田んぼに水が入る頃になると朝晩、会津盆地はとても冷え込むようになります。

連休も過ぎてお店も一段落、これから落ち着いたお客様との会話がカウンターで出来るようです。


今朝、久しぶりに近くの湯川の土手沿いを散歩してみました。朝日にきらきら輝く川面、犬を連れて歩く女性、ランニングする女子高生たちの群れ、何もかもがさわやかです。

岸辺のまだ背丈の低い葦(ヨシ)の辺りから、今年初めてヨシキリの鳴声を聞きました。とても「美声」とは言えないが、この声が風に流れて聞こえてくると夏が近づいてくるのだなといつも思う。

葦(ヨシ)が人の背丈を越すほど大きくなる6月下旬まで
お城の南側を流れる湯川の川面はヨシきりの声で賑やかな日が続きます。

甘茶

| 2007-05-15 01:20:49 | トラックバック(0) | コメント 1 通 |
甘茶
お世話になっているお寺さんから
よく花を頂いてくる、そのお寺さんで「このはなは切らないで」といわれていたアジサイのような花があった。

後で知ったのですがその花の葉を潅仏会(お釈迦様の生まれた日)甘茶に使用するからだという。

お釈迦様の生まれた日、蓮の花が舞い、不思議な音楽が響き、空からは甘露(甘い雨)の五色のよい香りのする水が降り注いだという故事から来たものだといわれています。

幼かった頃、近所のお寺には花で飾った小さなお堂を設け、そこに置いた水盤の中央に、誕生仏という小さな仏像がおいてあった。

寺の境内で遊んでは、喉が渇くと誕生仏に甘茶をかけて飲んだ幼い頃の思い出が甦る。

あの甘味はなんだったのか、本当に最近までわからないでいた。あの甘味は山アジサイの仲間、甘茶の葉だという。そういえば会津の山にも山アジサイの美しい花が見られる季節になってきた。

しゃが

| 2007-05-10 00:37:09 | トラックバック(0) | コメント 2 通 |
昔私の店で働いていた人が時々花を届けてくれる。主人や私たちに様々な面で影響を受けていたのでしょう。

そういうかってのお弟子さんや従業員さんから山に行くようになった話を聞くとうれしくなる。

東山温泉の院内御廟(会津藩主松平家の墓所)に若葉が萌える頃になると、御廟の中に群生するシャガを見ることができる。

日陰の場所が好きなこの花は植物学の説によれば古墳がたくさん作られた時代かそれ以前に、日本に中国から持ち込まれたいわれています。

種や球根をつけないこの花をどうやって持ち込んだのでしょうか、謎は深まります。もし中国から持ってくるとすれば、当時の中国の権力交代や春秋戦国時代のいづれの時代かに戦に敗れて追われた人々の中に、日本を目指した人々がいたはずです。

生きたまま渡来人が観賞用に持ち込んだのならば、鉢植えで移動させたことになります。やがてこの花は湿気の多い日本に向いてたらしく、日本中に人里の周辺に広がってゆきます。

会津の人は日当たりの悪い墓地などに、花が多く咲くせいか「死人花」などと呼び忌み嫌う。

花に命の短い事はアヤメの仲間と同じ、朝活けても夕刻や翌朝には朽ちてしまうはかない花、このはかない花を故郷を忘れがたく持ってきた、いにしえ人の思いがしのばれます・・・・


エンレイソウ

| 2007-05-08 11:29:38 | トラックバック(0) | コメント 2 通 |
シロバナエンレイソウ
東山温泉の山には5月の中ごろまでエンレイソウを見ることができる。

葉が意外と大きく鶴首上の花器でないと、活けにくい。この花を見るともうすぐ初夏を迎えるといつも思う。山肌に風が吹きぬけるこの季節が一番過ごしやすい。

どこにでもあるかと思うとそうでもなく、日当たりの悪い、比較的湿り気を好むようです。

このはなには微量の毒があるといわれている。「延齢草」と中国ではこうかくらしく、、中国では今も薬草として使われていますが、なぜか日本では毒草とされています。

以前この花を食べた人の話を聞いたことがあるが、量にもよるのでしょうがなんでもなかったと話していた。


主人が友達と中通の古城を見に行った時に、この白花種を見てきたといって画像を見せてくれた。

私はこのシロバナのエンレイソウまだお目にかかっていない、春の里山を彩る美しい花です

くろもじ

| 2007-05-06 01:32:07 | トラックバック(0) | コメント(0) |
くろもじ

会津若松の東山温泉の丘陵地帯、この辺りは山が険しくその間を縫うように湯川が流れている。

4月の末、東山の山中より、毎年必ずこの花木を山中から持ってくる。枝を切ると独特の香気がただよう。

そのせいなのか昔から茶道で主菓子の取り箸等に使用されてきました。

おそらく昔は使用するその日に、亭主自らが削ったのではないでしょうか。でも残念ながら今茶道具やさんで売っている箸には香はない。

香がおさなかった頃の記憶を呼び覚ます。早春の雑木林、おそらく何も知らずに枝を折っていたのかもしれない、香の記憶をどこかに覚えていたのだと思う。

大きな甕に活けると、山の萌ぶきを表現するのに誠によい形をしている。ところがこの花木なかなかに手ごわく水揚げがとても難しい。

切る長さや時間様々に気を使うのですが、翌日にはしおれてしまう事が多い。

秋には黒い実をつけるというが気がつかなかった。

朴の花

| 2007-04-29 08:26:12 | トラックバック(0) | コメント 1 通 |
朴の花
十年ほど前に
京都の山奥花背の摘み草料理 の宿、美山荘に泊まった事がある。

京の町からタクシーで1時間、鞍馬の北山杉の山中、くねくねと細い道を花背の郷へ向う。

こんな山の中も京都かと思うくらい、鞍馬の深い山の中にその宿はあった。宿に着き玄関を入ると、棚に朴の花が活けてあった。

開け放しの玄関にあの独特の、少し強すぎるくらい甘い朴の香が漂っていたのを忘れられない。

お客は私達のほかに尼さんが二人、部屋には新聞も無けらばTVもない、でも俗世から逃れて欲しいと宿の主はわざとそうしていたのでしょうか。

部屋のすぐ近くを流れる小川の流れの音とカジカかえるの鳴声、辺りには静寂の時間だけが流れていた。


お風呂をいただき、食事の案内が来て向かい側の母屋に路地あんどんを頼りに歩いて食事に出かけた。

 
あいにく体調が悪かった私に、宿の方々はとても親切にしていただいた。食事の部屋からは庭が見え、池にモリアオガエルの卵が印象的だった。

翌朝、散歩をしてみると近くを流れる小川から、霧が宿を包み込むようにたちこめて何とも幻想的な光景が広がっていた。

宿を出たのは9時ごろ、宿のご主人を始め、女将さんやの全員がお見送りに出てくれた。その宿もその後、すっかり有名になりたびたび婦人雑誌などでみかけるようになった。またあの京の山奥花背の郷にまた行ってみたいと思う。


くるまばそう

| 2007-04-27 09:41:27 | トラックバック(0) | コメント 1 通 |
くるまばそう
本郷町の向羽黒山城の麓にさいていたこの花を我が家の路地に移植したのはもう20年も前になるでしょうか。

確か小さな神社の日当たりの悪いところに群落を作っていたような気がする。増えこそしないのだが毎年連休を過ぎる辺りから咲き始める。

個体数も少なく花は小さく目立たない、小さなとっくり状の花瓶に活けてみる。茶花には向きそうも無くトイレの洗面台に飾るとか役目もとても地味なかわいそうな花だ

ところがヨーロッパではこの花をワインやビールの香付けに利用すると知り驚いてしまった。

私はこの地味な花に匂いがあることさえ無関心でいたから、桜餅の匂いがするというが本当でしょうか

山椒の葉

| 2007-04-24 13:37:32 | トラックバック(0) | コメント(0) |
山椒の葉
4月も末頃になると会津の郷の木々はいっせいに芽吹く、この頃は
毎日お店は忙しい日が続く。

そんな忙しさの合間を縫いながら、山へ出かけて様々な花や山菜を収穫する。特に欠かせないのが山椒の木の芽料理に添えたり、大根おろしの中に叩き込んだり
佃煮にしたりと大活躍する。

毎年「鰊の山椒漬け」用には大量に収穫し湯がいて冷凍保存しておく。鰊の山椒漬けを食べると。昔この鰊を越後から会津へいくつもの峠を越えて売りに来た若い娘達の事を想う。

浜で製塩の塩汲みの姿のような格好で、4月も陽気が良くなりますと、「鰊いらっしゃりませんかえ~」といいながら城下を売り歩いたといいます。

越後の貧しい漁村の娘達のおかげで会津に郷土料理として定着したのだといわれています。

昨年、NHKの食彩浪漫の雑誌で我が家の鰊の山椒漬けを取り上げていただいた。嬉しい事にあちこちのものと食べ比べたらしいのですが私のお店のものが一番美味しかったというわけで紹介を頂いたとのこと。

ところが雑誌の出たはいいが、その後次々と電話がありその3ヶ月ぐらいはまるで「鰊の山椒漬け屋」のようになってしまいました。

でもやはりこの田植えの頃の鰊の山椒漬けが一番美味しい