おかみの花日記
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角館の料亭稲穂さん

| 2006-09-24 18:11:11 | トラックバック(0) | コメント(0) |
稲穂のご夫婦
角館の稲穂さんから梅もどきの画像が送られてきた。

今年の7月私と主人は秋田駒に登山をしようとしたが
悪天候で断念、その代わり主人の友人の紹介で、
角館の料亭「稲穂」さんにお世話になった。
稲穂の庭

夕暮れ時、予定の時刻よりの少し早くお店に着いた。
玄関前で着物を着た奥様が打ち水をして私達を待っていてくれた。

私達よりも少し若いご夫婦は、何だか自分達のつい数年前の私達を見ているようでとても親しみを覚えた。
うめもどき


それ以来、角館から時々季節の便りが画像で送られて来ます。その晩はおいしい料理を頂きながら、ご主人様や奥様とも仕事の喜びや悩みまで様々な事を初めてとは思えないくらい話し込んだものです。

その後駅前の宿まで送っていただき、再会を約束して角館の町を後にしました。



秋晴れ

| 2006-09-19 18:55:07 | トラックバック(0) | コメント(0) |
あかとんぼ
先日ゴールドラインを通り裏磐梯に行ってみました。尾根沿いにナナカマドやウルシ、それにツタなどがもう色づき始めています。

秋は標高の高いところから深まってきます。私たちがよく行く背炙り山も秋の草花が満開でした。背炙り山といえば、裾野の山並みに昔から松茸の名所、慶山のお山があります。

この松茸山の松の木も、数年前から松毛虫の被害にあい無残な姿を晒しています。

地球全体の異常気象は様々なところに影響を与えています。今年は特に世界的に松茸が取れなのだそうです。

会津も今年は松茸やその他の茸が期待できないと
お客様が話されていた。そういえば松茸が店頭にも見かけない。

ことしは土瓶蒸しも松茸ご飯もお預けになってしまうのかもしれない。
*写真は茨城の平塚さんから・・


鉈鞘(なたさや)の花入れ

| 2006-09-14 12:06:08 | トラックバック(0) | コメント 2 通 |
鉈鞘
葡萄弦の花入れ
京都の西の塔院にある藪の内家の茶室で、利休様 から拝領したと言う鉈鞘(なたさや)の花入れを拝見したのはもう20数年前になるででしょうか。

ある日、利休様 が山の中で働く農夫の腰に下げられた鉈鞘(なたさや)の見事な造詣に魅了され、所望して譲り受けたと言う利休所持名品であります。

その鉈鞘には鉄扇が活けてあったような気がする。鉈鞘といえば、以前は、会津のあちこちの町の雑貨屋の軒先に葡萄の弦で編んだ鉈鞘が無造作にぶら下げられて売られていた。

その頃は誰もこんなものに目を向ける人もなく、信じられないような値段で売られていたものです。雪深い山奥の農民が、秋葡萄の弦を収穫し、冬の仕事に編んで置いたものを、春先雪解けの頃に仲買人が買い集め、雑貨屋に卸して歩いたと言う。

時代が変り、何処の町にも大型の郊外店が出来、そんな街中の雑貨屋も次第に姿を消していった。ところが葡萄弦の方は民具としての利用から、バックや花入れなどしだいに工芸品的な要素が強くなり、もう数万円もする高級品になってきた。

それでも編む人が年々少くなくなっている。このような時代だからこそ、失われてゆく物に強い愛着を感じる。

この花入れに花を活けるたびに、雪深い山奥の囲炉裏のいぶくさいなつかしい臭いが匂ってくるような気がする。

蕎麦の花

| 2006-09-10 17:59:12 | トラックバック(0) | コメント(0) |
そばばたけ

会津の標高の高い地域の畑や田んぼに9月の始め頃、蕎麦の白い花が見れる季節が来た。

地域興しなどで会津の郷の蕎麦畑は年々広がりを見せ
今では全国でも北海道に次ぐ栽培面積だと聞きます。

秋の会津を色で表現するのであれば本来なら夏の色のはずの白が、私の心の中で次第に秋の色になり始めている。

磐梯高原の秋の初め、稲穂の黄金色とコントラストをなす蕎麦の花の白は美しい。

蕎麦といえば、会津にここ十年ぐらい、蕎麦屋さんが数多く開店しました。それぞれに味のレベルもなかなかのようです。


秋の気配

| 2006-08-28 09:41:15 | トラックバック(0) | コメント 1 通 |
われもこう
あれほど朝悩まされたみんみん蝉の声も、20日辺りを境にぴたっと鳴き止んだ。

まったく姿をけしたかかといいますとそうでもなく、気温が上がり始める、8時30辺りから庭の梅ノ木や花木の辺りで鳴き始めます。

どうやら蝉は鳴く時間帯が気温とも関係があるようです。その代わり朝晩秋を知らせるかのように虫の声が遠くから聞こえてきます。

秋が深まる頃よりも、この時期の方が虫の声も、なぜか物悲しく感じられる。

今年の暑さは昨年ほどではなかった。蒸し暑くて夜中に目が覚めたことが何度かあったような気きがする。

今年は日中暑くても朝晩はとても涼しい日が多かった。
今朝、山に出かけましたら、標高の高いところは秋の草花が出揃っていました。会津の郷も様々な想いを残して
夏が過ぎてゆきます。
(*お客様の昭和村菅家さんから写真をお借りしました)

セミの声

| 2006-08-18 17:38:30 | トラックバック(0) | コメント 3 通 |
せみ
せみの声
夜遅く自宅に帰宅する私達の生活は睡眠不足に注意してないとすぐ体調をおかしくしてしまう。

そんな私達の睡眠不足の悩みは早朝からのせみの声、早朝まだ薄暗いうちから庭にきてミ~ンミ~ンと鳴き始める。昔はこんなに早くからせみがこんなに早くから鳴いたでしょうか。

その反対にあぶらせみの鳴声が少なくなったように思うのは気のせいなのでしょか、お店の路地や小さな坪庭にも、セミが羽化した殻が門のところや立ち木に良くへばりついたりしている

こんな狭い土地の何処に、セミの幼虫がいるのだろうかとおもう、そういえば以前から夜遅くお店を閉めるときに、路地の松ノ木で羽化をしているセミを何度も見かけています。

| 2006-08-11 08:29:53 | トラックバック(0) | コメント(0) |
蓮

鶴ヶ城の東側は中世の土塁が築かれていて、そこに深い堀がありその堀に今頃蓮の花が咲き始める。

まだ子供が小さかった頃、夏休みになると近所の子供達を引き連れて、主人はよくこの堀にザリガニや魚を取りに行きました。

その頃この堀には蓮の花はなく、ザリガニや鮒などが面白いように獲れたといいます。

いつか掘りの隅に蓮の花が咲いたなと思ったら、毎年その生育領域を広げ、お堀中に蓮が広がってしまった。もうザリガニ捕りなど、とてもできそうにもない。

蓮と言えば、今年も秋田駒に行こうと主人と二人で、私の車(本田のピッツ)で出かけた。

高速道路をひたすら北上、平泉の辺りまで来ると、どうも天候がよろしくない。今日の登山をどうしょうかと主人と相談、予定を変更して登山は諦めた。

平泉の中尊寺や毛越寺を見学をする事にしました。
今頃だともしかしたら、藤原三代の棺に入っていたという古代蓮の花が見れるかもしれないと密かに期待していました。

高速道路を降りて中尊寺へ、期待通り、古代蓮は駐車場の近くの池にあまりにもさりげなくあっけなく咲いていた。

古代蓮はよく見ると花の色や花びらの形が微妙に異なる、お城の蓮は八重、古代蓮は一重であります。

(*写真は茨城のお客様、平塚さんからお借りいたしました)

アオバト

| 2006-08-08 17:01:05 | トラックバック(0) | コメント(0) |
沼沢湖
東山温泉のダム湖近くのに花の採集に行った時、不思議な鳥の鳴声を聞きました。「アーオーアーオー」と言って鳩のような鳥が飛んでいくのを見たが、すぐアオバトと思った。

十数年前のなるでしょうか、沼沢湖の外輪山で早朝このアオバトの鳴声を聞いたのが最初、初めて聞く鳴声は鳥のものとはとてもおもえなかった。いずれも湖水のそばで聞いています。

湖面は静寂な中に霧が深く立ち込め、やがて東手から昇る太陽に照らされた霧が暖められ、静かな湖面を見る見るうちに上昇してゆく不思議な光景だった。

その湖面にアオバトの鳥とは思えない、鳴声が流れていったのを想い出します。
アオバト


アオバトはよく生態が判らない不思議な鳥だといいます。突然集団で、営巣地から遠くの海岸に海水のミネラルを飲みに集団で集まる習性があることも最近知りました。(大磯の海岸は特に有名)

夏の間だけは賑やかなこのカルデラ湖も、夏休みが過ぎると静けさが戻ります。近くにはこの地に誠に相応しい妖精美術館もあります

むくげ

| 2006-08-02 14:13:41 | トラックバック(0) | コメント(0) |
むくげ
十年前まで隣には大きな料亭があり。その裏庭に大きなムクゲの木がありました。花びらも薄紅を帯びて、何という品種かはわからないがそれは美しいムクゲだった。

会津の歴史の様々なドラマ見てきた料亭も、惜しまれながら、長い歴史に幕を閉じました。

上級武士の屋敷の庭だった言うお庭も、お城の本丸を
解体した時の古材で建てたという母屋も、そしてあの美しい、名前のわからないムクゲの木も、何もかもが無残にも壊されていくのを、年老いた女将さんがさびしそうに眺めていたのを忘れられない。

それからしばらくして、ムクゲの苗を誰かからいただいた
路地に移植したら、数年でそのムクゲが瞬く間に大きくなり昨年辺りから花を付けはじめています。

玄関の畳

| 2006-07-31 16:10:51 | トラックバック(0) | コメント(0) |
やろうたたみ
籠太の玄関を開けると中に又ひとつ戸があり、その戸を開けると上がり口が土間になっており正面に畳がしいてある。

今日はこの玄関先の畳についてお話させていただきます、この畳はごつくて長持ちするので昔から「やろう畳」と呼ばれてきました。別名「琉球畳」ともいわれています。

大正、昭和初期の畳の縁は麻・絹といった高価な素材が使われていたので縁付き畳は高級品でした。庶民の畳は手間のかからない縁なし畳が殆どだった様です。

ところが戦後になって、畳製作機械の発達と丈夫で安価な科学繊維が登場するようになりますと、畳職人も様変わりします。

手作りが大部分の縁なし畳の方がずっと手間がかかるようになってしまったのです。縁なし畳は年々減少し、また作り手の畳職人も少なくなりこの頃から昔とはまったく逆の高級品として扱われるようになってきてしまいました。

前の料亭時代もこの質感が大好きで、今度お店を直す時は玄関先にこの畳を敷いてみたいと決めておりました。

このやろう畳の傍に大きな甕を置き、季節の花木を活けてお客様をお持て成しします。

ヒオウギ

| 2006-07-30 08:16:16 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ひおうぎ
自宅の前に住んでいるお茶の先生のお宅からヒオウギの苗をいただいたのは数年前。

頂く時に「花が咲くまで数年かかりますよ」といわれて、毎年大きくなるヒオウギの花苗を大切に見守ってきた。

ところが様々な事情で、昨年から近所の友人に畑を貸すことになった。気がついたら、あれほど大切にしていたヒオウギの苗が消えていた。

どうやら何も事情を話さなかったので雑草と間違えて引き抜かれてしまったようだ。お店の移転や新規開店、それに家庭の事情もあり、とても畑や庭を管理できなかったので、見かねた友人は親切に手入れや周囲の清掃までしてくれた。

感謝こそすれ、とても話す気にはなれない。この花は大好きなのだけれど、どういう訳か一度もお部屋に飾った事がない。

花や葉の形から「桧扇」名づけられたと言われていますが、言いえて妙。名づけたいにしえの人に喝采を送りたいものです。

ひなげし

| 2006-07-17 16:20:59 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ひなげし
ひなげし

イタリアの5月は日本に良く似た気候、バスでミラノから南下してナポリまで移動する。今回の目的は、イタリアの食材を見てくるのも大きな目的、移動する車窓からはイタリアの田園風景が見えていた。

その中でも私たちの滞在したこの季節はエニシダの黄色い花と野生のひなげしの季節。ひなげしはヨーロッパのいたるところの草原に生えている。花の盛りの短いこの花は、移ろい行く時間の虚しさを象徴する花としてヨーロッパの人に昔から受け入れられているといいます。
モネのひなげし

ヒナゲシというとモネの「ヒナゲシ」の絵を思い出す。ヒナゲシが咲く草原に子供と日傘を差す妻を描いたモネの作品、妻を最後まで愛したモネの心が伝わってきます.

よく見るとこの絵には二組の母子が描かれている。モネは過ぎ去る時のはかなさをこのヒナゲシの中に描いたのだともいわれています。私は車窓からみえるヒナゲシを見てあの絵のことを思い出していました


ワタスゲ

| 2006-07-11 20:56:41 | トラックバック(0) | コメント(0) |
わたすげ

7月の今頃、遠い昔、私は尾瀬ヶ原に一人で佇んでいた。その傍らの湿原にはどこまでもワタスゲが広がるように咲き、風に揺れていた。

尾瀬に何日いたのかもおぼろげになりはじめている。ブナ林や人の行かない湿原をさまよい、傍らにに咲く名前のわからない小さな花を、意味も無く眺めていたような気もする。

乾いた尾瀬の草原に仰向けになり、流れてゆく雲をどのくらいの時間見送っていただろうか。ただそこにいるだけでよかったのかもしれない。

ワタスゲにはそんな辛い思い出がある。それから私は尾瀬に行っていない、麓までは足を伸ばしても、どうしてもそこから尾瀬ヶ原の方へ見えない結界があるかのように足がむかない。

何かを恐れているかのように行けないでいる。ワタスゲを見ると心が揺らぐ。勇気を出して、いつかは尾瀬のワタスゲが風に揺れる湿原を歩いてみたいと願っている





あやめ

| 2006-07-06 20:38:37 | トラックバック(0) | コメント 1 通 |
あやめ2
お城の東側は石垣ではなく芦名の時代に築かれた土塁があり
、その前には深い堀が掘られています。その堀も時代を経て今ではあちこち水が枯れ湿地化している。

今の時期その湿地に深紫のカキツバタの花が咲く。アヤメもカキツバタも良く似ていて私には区別がつけにくい。物の本によれば、乾燥地に咲く花がアヤメ、水辺に咲く花がカキツバタであるという。

そういえば高原の乾燥した荒地などによくあやめは青い色をしている。昔から日本人に愛され、江戸時代熊本藩士のあいだでこのアヤメやカキツバタを改良してその美しさを競うのが大流行したと聞きます。

その習慣は幕末まで続き、やがてその家にしかない花が、数多く生み出されて、それがやがて全国に普及したと言います。

でもどんなに大輪でも、花の色が美しくても私にはざんねんながらは魅力を感じない。まず部屋に活けようとすると形にならない。あの派手やかさは茶花にはなじまないような気がする。

沼地や荒地で誰も見向きもされない、あの野生のアヤメの方がお部屋の床の間にはよく似合う。

*写真は茨城の平塚さんからいただきました。
 (南会津駒止め湿原にて)

うのはな

| 2006-07-03 10:38:08 | トラックバック(0) | コメント(0) |
うのはな
いつもお世話になっていお友達の家に向かう時、この季節決まった場所でウノハナの木を見つけていた。

帰りがてらに必ず枝振りの良い花をいただき、我が家に帰り活けてみたものです。ところがこの間、いつもの場所へ行ったら根元からチェンソーのようなもので跡形も無く刈り取られていた。


辺りは昔、恵日寺という大きな寺院が古代に在ったといわれてる磐梯山の山麓、刈りとられたウノハナとがっかりした私の気持ちをよそに、ホトトギスの鳴声だけが晴れ間の見えた磐梯山麓に風と共に流れていました。

万葉集にもウノハナとホトトギスを共に詠いこんだ和歌がいくつもあるといいます。

「ウノハナの匂う垣根にホトトギス早も来鳴きて忍び音漏らす夏は来ぬ」と童謡を作曲した、佐々木信綱はよほど古典の教養があったのでしょうか。

人里に身近にあったがゆえに和歌にもたくさん詠まれたのでしょうが、この花も他の夏花同様、誠に水揚げが難しい。

そういえば、近頃この花もあまり見かけなくなってきた。