おかみの花日記
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野立

| 2003-09-21 17:31:00 | トラックバック(0) | コメント 204 通 |
数年前、友人を訪ねて愛知にいった。友人は仕事を休みあちこちを案内してくれ、瀬戸では民芸の水野半次郎さんのお宅を訪問させていただいた。当主はちょうど病を癒えて帰宅したばかりであったが、意外にも私たちは私邸に招かれお茶を頂くことになった。いろりの周りは品のよい調度品があつらえられていた。柳宗悦をはじめとする、民芸の周辺にいた芸術家らと交流のなかで、研ぎ澄まされるような審美眼のなかから収集されたものばかりが、それぞれに控えめに、しかも心地よい調和の中に置かれている。それらを拝見しながらお茶を頂き、話題はそれらの美術品のことになり、そして時間が過ぎてゆく。いつしか私たちの間にはある種の共感のような心の交流が生まれていたような気がする。そんな中、お茶をいれてくれる半次郎先生の脇に置いてある白柚の野立(瀬戸の花入れ)がとても気になり、私の視線はそこに集中していた。「おきにいられたようですな・。」とひとこと、野立には花の代わりに湯びしゃくがいれてあったが、野の花を入れたらさぞかし似合うだろうとおもった。この花入が欲しいと強く願ってみたが失礼にあたるとおもい口にはしなかった。やがて楽しいお話の中に時間も過ぎて、次の予定もあるとご挨拶をしてお暇しようとしたら、半次郎先生が奥様に新聞紙を持ってきなさいといっている。先生は初対面の私たちに、その野立の花入れを何気くるくると包み「おみやげだ」とくだされた。奥様が「あげてもよろしいのですか・・」といわれたところをみると相当大事にしていたのでしょう。旅先で出会った人にとんでもないものをいただくことがよくある。その先生も昨年他界された。一度しか出会わない人なのに時間と空間を越えて、私たちには忘れられないような出会いであった。 写真・ふくまん収蔵・水野半次郎作の皿

月見草

| 2003-09-01 17:30:00 | トラックバック(0) | コメント 1 通 |
お盆も過ぎて会津の里にも秋の風がふくころ、会津の河原に月見草が咲いている。月見草といえば、竹久夢二の宵待ち草を想う。夢二は若い頃、長い間会津に逗留したらしく、会津のあちこちの旅館や料亭に竹久夢二の絵画や、様々な話が語り伝えられています。数年前まで隣りの駐車場には大きな料亭があり、年老いた女将から夢二の話が昨日のことのように語られていたのを耳にしていました。宵待草(月見草)の歌は会津でつくられたともいわれています。私はこの花を見ると、岐阜の中津川にフォーク歌手の高石ともやらと活躍した、笠木透さんの歌の一節を想い出す。
あの頃、未来への不安と可能性の心の揺らぎの中で、笠木さんの歌は私の心の支えであった。「めぐる夏の風が吹く、川のほとりの月見草、一夜限りの花なのに心を留める人もなし」
フィールドフォーク笠木透さんの詩集から

こさぎ

| 2003-08-21 17:30:00 | トラックバック(0) | コメント 305 通 |
私の住む鶴ヶ城の南側を流れる湯川にはこのころになると、こさぎの群が見られる。普通この鳥は群れることはあまりなく単独で行動している。しかし今年生まれた若鳥は親から離れてから、しばらくのあいだ群れて生活すると聞いています。散歩をしながらの観察も時々おもしろい動物たちの生体を目にすること多い。驚いたことに暑い日にはこのこさぎ、流れのあまり強くない場所に体を沈めている。最初なにをしているのかしらと思ったら、こうして体温の調節をするとのこと。こさぎも暑い日には行水をするのですね。

くがいそう

| 2003-08-01 17:29:00 | トラックバック(0) | コメント 1 通 |
知り合いの庭に、くがいそうを始めとする珍しい野草があると聞いて, いただきにいった。驚いたことに、庭にはその他にも様々な貴重な野草が植えられていた。家庭の事情で花のすきなおじいさんはこの家を去ることとなり、庭にはめずらしい野草が放置されることとなってしまう。それから数年後、東山温泉にある友人の旅館の前の河 原に咲いているのを偶然見つけたのです。
河原の石の上に堆積した土砂、狭い場所で他の雑草ととも美しくさいていた。花のある家の、この河原のくがいそうも移植はしてみたが、毎年はらはらしながら開花を待つ、おそらく数年後には消えてしまうかも知れない。横着者の私たちにはデリケートな野の花は育てるのはむずかしい。

かぎろい

| 2003-07-21 17:28:00 | トラックバック(0) | コメント 1 通 |
こんなに美しい朝焼けがあるものと気付いたのはいつのことだったでしょうか。
夜明けの暗闇から、空全体が薄ぼんやりと薄紫に染まり、オレンジ色に変化するこのような夜明けを、古来からかぎろいと呼んでいた。不思議な色の夜明けは、様々な気象条件が重なり起きる現象だといわれ万葉集にも詠まれています。私も何度かこのような夜明けを体験している。
日本人は古来から、やさしくそして美しく変化する自然と季節のうつろいを見つめ、
色の表現にも微妙な感性を育み独特の美意識を形成させてきました。赤を表現するにも何種類もの呼び名と種類が有るといわれています。この夜明けのようなかぎろい色という赤はオレンジと朱の中間色のような色だともいう。
様々な色がまた幾種類にも別れて生活の中に溶け込み、それらが日本画や御菓子、衣服など様々な日本の伝統文化を支えて、きめ細やかに活かされ美しく表現されてきました。
*万葉集から「東の野に かぎろいの立つ見えて  かえり見すれば月傾きぬ」
柿本人麿

こばいけそう

| 2003-07-01 17:28:00 | トラックバック(0) | コメント(0) |
会津の磐梯高原にある雄国沼は、まるで美しい高山植物の楽園のようです
雪解けの頃から、遅い春を惜しむかのように次々と低地では見られない美しい花が咲き誇る。やがて高原の沼に夏の風が吹く頃になると。「こばいけそう」の花が咲き始めます。花の姿はひときわ大きく、雄国沼の木道で遠くからも目立つ、白く天に向かう花は意外にもその華麗な姿に似つかわしくなく毒草であるといいます。
初夏の山は山菜が豊富に出ますが、近年は人間が自然に深く入ることによる熊との接触による事故も多い、
昨年雄国沼で出会った若いカップルは登山道の途中で熊を見かけ、同じ道路を戻れずに困っていた。全く別のみちを私達の車にのせ送っていったこともあります。