おかみの花日記
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竹の器

| 2003-06-21 17:27:00 | トラックバック(0) | コメント 248 通 |
この時期になるとお店で七夕のイベントが始まる。毎年このイベントに使用する竹の器作りをする。私のお店が精進料理の御用達をさせていただいている、柳津町虚空蔵尊円蔵寺の庫裡の裏庭から,住職にお願いして竹をいただく。
竹林から2年ものの青竹を選び切り倒し程よい大きさに切り、両刃の鉈や竹専用ののこぎりなどを使い、汗だくになりながらこんな器を作る。青竹はせいぜい2週間が鮮度を保てる限度。しかし夏の涼やかさを演出するために、竹の器は欠かせない。
この器に料理が盛られるころに私のお店も、本格的な夏を迎えます。
*ふくまんの七夕まつり。6月20日~7月10日まで、この期間七夕祭りの特別料理がお得なお値段で楽しんでいただいております。
七夕セット1700円 、七夕懐石2500円です。

ほたるぶくろ

| 2003-06-01 17:27:00 | トラックバック(0) | コメント 2 通 |
会津の里山に蛍袋の花が咲く頃、それと季を同じくしたかのように里山にも蛍が舞い始める。
何年かまえに谷川に源氏蛍を見にいった。
暗闇には清流の音だけが聞こえて、やがてどこからともなく浮かび上がる源氏蛍の光の乱舞は、それは幻想的なものでした。
この花をみるたびに、昔の人がこの花に蛍が入り光ったとしたら、どんなに美しいかを想像したとしても不思議でも何でもない。
姿のいい立ち姿は、茶花に活けても誠に扱いやすく、鶴首の花入れがよく似合う。
今頃になると里山には花の姿がめっきり少なくなる。

たにうつぎ

| 2003-05-21 17:26:00 | トラックバック(0) | コメント 8 通 |
新緑の深まる頃、会津の里山にこのピンクの花を多く見るようになります。何故か会津の里人はこの花をあまり好んで持ち帰ろうとはしない。長い間その理由がわからないでいたが、言い伝えではこの花の枝を死者の弔う際、あの世への旅立ちの杖として使用するからだという。そのせいなのでしょう、美しい花なのに里人は、自分の庭にこの花を植えようとはしない。会津だけの伝承のようであるような気もするが謎は深まります。美しい花は人間の都合と、あまりにもあでやかな色彩が災いしたかのように、振り向かれることもなく美しく咲き、会津の里は夏を迎えます。

らしょうもんかずら

| 2003-05-01 17:26:00 | トラックバック(0) | コメント 5 通 |
らしょうもんとは平安時代の京の羅生門のことだという、花の語源は謎に満ちている。昔京の都の伝説に、鬼が出没するという都の羅生門、住み着いた鬼の腕に花の形が似ているということでこの名が付いたといわれています。この花も、紫色の美しい花にもっと別な名前がなかったものかといつも思う。春の花が終わりになる頃、東山院内御廟の近くの新緑の樹下日陰の多い場所で咲く。駐車場が近くにあるせいか、現世の鬼たちがゴミをまき散らす。ゴミを集め、周辺をきれいにしてからこの花を頂いてくる。そうでもしないとごみと鬼の残映までがお部屋について来るような気がする。

しょうじょうばかま

| 2003-04-21 17:26:00 | トラックバック(0) | コメント(0) |
春一番の雪解けの頃に雑木林の中にこの花は咲き始める。このしょうじょうは少女のことだと思っていたらとんでもなかった。しょうじょうは猩々(大酒飲み)であると花に詳しい友人に教えられた。少女ではなかった。思わぬ勘違いに呆然として、雑木林の中、日溜まりの中に咲く花に向き合ってみる。でも私にはこの花から大酒のみが連想できない。花の名前にはこのような思いこみや勘違いも多い。近頃は向き合う人の考え方次第、それはそれでいいと思えるようになってきた。無粋な名付け人の想いに振り回されるより、死ぬまで勘違いのままでいた方が幸せなことだってあるような気がする。

梅の花

| 2003-04-01 17:25:00 | トラックバック(0) | コメント 13 通 |
会津はこれからが梅の咲く季節、新潟県の山の中、三和村と言うところに雪中梅という銘醸蔵があります。以前この蔵の社長さんにお会いする機会がありました。この酒はまぼろしの酒というぐらい手に入れるのが難しいお酒です。以前からどのような方がつくっていらっしゃるのかとおもいましたら、意外なことに、私と同じ年格好の女性でした。お会いした数年前に主人に先立たれたそうであります。やむなくこの蔵を引き継ぎ、子育てをしながら銘醸蔵の伝統を守ってきたとの事、世間の銘醸蔵に対する期待に絶えずこたえなければいけない重圧は、どんなに女性の身にはつらく、困難なことだったことでしょう。自分の口からはそのような苦労話は語られませんでしたが、越後の雪深い山里で生き抜くその姿は、雪の中に咲く梅の花そのものでした。人の心の琴線にふれるようなお酒を造りたいと静かに語る姿を、梅の花を見るたびに想いだします。しかし私は、寒中に雪のなかに咲くという梅があるというが、いまだにお目にかかれない。