おかみの花日記
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月見

| 2001-09-21 16:58:00 | トラックバック(0) | コメント 319 通 |
ずいぶん前にある月見の茶席に招かれ、その席の床間の掛け軸に、とても魅せられてしまったことがあります。お軸は画賛で会津出身の江戸時代の絵師、菊地蓉斎の平家物語の時代絵でした。
嵐山の山里に隠れ住んでいられた高倉の宮のお妃さま小豪の局を、宮の使いで笛の名手源仲国が、満月の月夜の晩に笛を吹きながら探しにくる美しい場面です。画面に古の嵯峨野の月夜が描かれ、まさに月見の席にふさわしい一幅でした。
あれから何年が過ぎたでしょうか、月見の頃になるとあの絵を思い出し、お月様にもう一度あの絵を見てみたいと長い間願っておりました。一度でいいからあの絵を私のお店の床間に掛けてみたいと…。処がふとした事が縁で、昨年私のお店に持ち主のご好意でお借りできる事になったのです。このお軸に再会できるとは夢にも思っていなかっただけに、床に掛けたときには、再会できました感激に思わず涙が出てしまいました。

柿蘭

| 2001-08-30 16:58:00 | トラックバック(0) | コメント 5 通 |
こんなに里山を歩いているのに、ついぞ今までお目にかかることができなかった。はじめて見たのが昨年の今ごろ、高原の湿地帯に足を踏み込んだら、木陰にそっと咲いていた。
その美しい姿に感動し興奮で体が震えた。おかげで長靴を忘れた私の足は泥だらけになってしまった。何の花かしらと大切に持ち帰り、早速植物図鑑で調べてみたら、柿蘭というとても珍しい植物との事、採らなければよかったと複雑な気持ちになってしまった。

河原なでしこ

| 2001-08-17 16:57:00 | トラックバック(0) | コメント 1 通 |
なでしこの花は万葉集や様々な歌集の中で、多く古来から詠まれている。いにしえの歌人大伴家持の和歌に、亡き妻の面影をなでしこの花に観て偲んでいられる和歌がある。私はこの花に子供の頃を思い出す。青い空、入道雲、せみの声、河原で遊ぶ子供たちの声、そんな傍らになでしこはやさしく咲いていた。夏の茶花の無くてはならないこの花も近頃は環境の変化でとても少なくなってきた。夏は咲く花の少ない中、このはなの存在はとても貴重でもある。里山より早朝持ち帰り、私も床の間の花入れに活けながら、家持の偲んだ女性ははどんな方だったのかと思い描いてみる。

せんのう

| 2001-08-05 16:57:00 | トラックバック(0) | コメント 17 通 |
もうずいぶん昔の事ですが、下郷町の大内部落に至る沢でこの花に初めてであった。盛夏の暑い日に沢の空気はひんやりして霧が立ち込めており、土手沿いに静かにオレンジ色の花が咲いていた。
同行した友人が「節黒せんのう」という花だ、と教えてくれた。濃い緑の中にひときわ美しく咲くこの花は幻の花だと思うぐらい見つけられない、三島町西隆寺の遠藤大禅老師が私のところに残した書「草中一点紅」とはこの花の事だと和尚も語っていた。すっかり心に染み付いたこの花を、早朝里山に入る私の心が探していることにきずく。

清流

| 2001-07-21 16:56:00 | トラックバック(0) | コメント 213 通 |
東山温泉から更に奥、昔「湯の入」といわれたこのあたりに、城下の人々が青木清水と呼んだ名水が有ったとも言われております。中国も唐の時代、陸羽という方が「茶経」という茶の書を著れ、その中で水について触れています。人はなぜお茶を飲むようになったのか、唐の時代にお茶がどのようにつくられ飲まれたのか、そのようなことに対する興味から先年新潟県長岡市の県立美術館に、茶経が書かれた唐の時代の文物展をわざわざ見に出かけてみました。「茶経にいわく、水は深山の湧き水を持って上と為す、河川の中流の水は中。市中の井戸水は下。」であると・・・2000年も昔の高度な文明に思いを廻らしながら、いつしか私は東山の清流を思い描いていました。
本当に夏、深山で飲む湧き水は命に染渡るような気がするものです。

***会津名水紀行のホームページ***
会津は水がおいしい名水の地、会津各地の名水を紹介するページです。
http://www.aiaiaizu.com/meisui/

七夕

| 2001-07-01 16:55:00 | トラックバック(0) | コメント 1 通 |
織姫、彦星伝説も朝鮮の古代伝説はいささか様子を異にするようであり、朝鮮のお話はかささぎという鳥が重要な役目を果たします天の川にかささぎが羽を広げて橋と化し,二人の出会いを助けるという筋書きであります。
かささぎは元々日本には居なかった鳥である。からすの仲間ともいわれ、戦国時代に加藤清正が朝鮮半島から連れてきたともいわれております。適応力が強く、野生化して九州地方で大繁殖し、近年電柱などに巣をつくり厄介者になっていると聞きます。大陸からは多くの文物と共にこのような伝説や故実の類も伝承し日本人の好きなように形成されたのでしょう。
日本に伝わる天の川伝説は、いつしか日本人の好みにストーリが変り、満天の星空に悲しい恋物語を思い描き、いつの時代も人々は様々な想いと願いを託してきたのでしょう。