おかみの花日記
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ご案内

| 2010-05-08 14:29:47 | トラックバック(0) | コメント(0) |
毎年店内設備と施設のメンテナンスを行うために誠に申し訳ありませんが、
5月9日から16日まで休業させていただきます。
営業の再開は17日からとなります。
予約はインターネットから受け付けております。

春ラン

| 2004-03-21 17:36:00 | トラックバック(0) | コメント 5 通 |
私たちの春は忙しい。あずまいちげ、二輪草、かたくり、などかわいい花たちが次々と咲き乱れる。それら命短い春の花を床の間に活けるために毎日のように里山に通う。やがて3月も半ばをすぎると雑木林の中に春ランが顔をだす。昔会津の童は「じじばば」などと愛称を込めてこの花を呼んだ。語源の意味は、花の花芯にぼつぼつと老人斑のような模様があるからとも言う。私たちはこの花を料理にしかも大量に使用する。椀種の吸い口、刺身の添え、花茶、食前酒、など様々に利用する。会津の里山の雑木林にはとりきれないほどの春蘭が咲いている。いつか雑木林の中で春蘭を摘む私たちに、女の子が近づいてきて「なにをしてるの?」と声をかけてくれた。「じじばば」を採ってるのよ、といったら不思議な顔をして楽しそうに手伝ってくれた。

きぶし

| 2004-03-01 17:35:00 | トラックバック(0) | コメント(0) |
東山温泉の入り口近く、道路を左に曲がり坂を上るとやがて背あぶり山越えの道路にでる。4月の末まで、ここはゲートが閉まり車は進入できない。ゲートの隙間をくぐり抜け私たちは歩いて山に向かう。沢沿いの道は西手に会津藩の殿様の墓所「院内御廟」があり場所が幸して長い間伐採や開発の手からのがれてきた。この御廟の東手の沢沿いに、春を告げる花達が次々と群生する。しばらく道路を上ると、山沿いにいち早く山に春を告げる花、「きぶし」の花木が咲いているのが見えてくる。私は花の形が「藤の花」に似ているので「木藤」と書くのかと思っていたが誤りであるという。「木五倍子」とかいてきぶしと読むという。私は長い間「木藤」と思っていた。友人にもそう教えたようなきがする。この花を見てると、かんざしによく似てるいつも思う。雌花と雄花があるというが、私にはどうも良く見分けがつかない。しかし、茶花として花入れには活けにくく、花入れになじまない。きぶしが咲く頃、やがて樹下にはかたくりや二輪草、きくざきいちげが咲き始める。

雛祭り

| 2004-02-21 17:35:00 | トラックバック(0) | コメント(0) |
今年の会津盆地は雪深い。城下の家庭では豆まきが終わり2月も半ばを過ぎるとお雛様を飾る。それぞれにおばあさまがお嫁に来たときの物とか、曾おばあさまの嫁入りの物とか、各家には自慢の雛人形がありいくつもの雛人形持つ家もある。友人の旧家にはどういう経路で入手したのかは不明だが、それはそれは立派な雛人形がある。さる名家から出た物とか、あるお武家の家の物だとか謎めいた伝説が付きまとっている。城下の旧家には立派なお雛様を所蔵する家がとても多い。時の流れの中で、幕末の悲劇を乗り越え、城下町の女性は雛人形を大切に守り、特別の思いを寄せて受けついできた。昨年まつに他界した母は、雛祭りの日には特別な料理をこしらえてもくれた。アサツキの酢味噌あえ、干し貝のお吸い物、散らし寿司など、それに手作りの甘酒も忘れることなく用意された。想いでのひとつひとつが涙の粒のように甦る。

白梅

| 2004-02-01 17:35:00 | トラックバック(0) | コメント(0) |
鶴ヶ城の近く、湯川のほとりの静かな住宅地の今の家に十年ほど前に家を建て越してきた。そのときに将来庭にしてもいいと、南側を思い切り空き地にしておいた。今そこが私たちのささやかな家庭菜園になっている。菜園の隅に梅の鉢植えを植えて置いたら、瞬く間に大きくなり、見事な白梅を咲かせてくれるようになった。八重の紅梅もあったが、数年前に選定をしてもらったらかわいそうに枯れてしまった。私は梅の花の蕾が小さいときから、毎日窓辺に近づき咲くのを待つ。昨年は次つぎと大切な人を見送らねばならなかった。白梅の花を見る度に、古今集の紀友則の和歌が思い浮かぶ「君ならで 誰かにみせぬ梅の花 色も香りもしるひとぞしる」春になり、必ず咲いてくれるわが家の白梅を見つめていると、私も春風駘蕩のなかに、はかなさを見ていた友則の心が切ない程わかるようになってきた。

だんごさし

| 2004-01-21 17:34:00 | トラックバック(0) | コメント 9 通 |
お正月も過ぎるころ、城下の様々なお店に団子さしの木が並べられ売られるようになる。地方により様々なだんご刺しがあるが、会津は昔からお米の粉に赤や緑の色をつけて水の木の枝に刺した。麩の焼きのせんべいでつくられたカラフルな、恵比須大黒や鯛、打での小槌、米俵なども共に提げたものでした。幼い頃はこの団子さしは何よりも愉しみだった。おばあちゃんがこねる団子を飽かずに眺めていたのを思い出す。私もかじかんだてでお団子をこねて赤や緑の色をつけ、それを茹であげてまだ熱いうちに水の木の枝だに刺したものです。外はいつもしんしんと降る雪の世界でした。

初音

| 2004-01-01 17:34:00 | トラックバック(0) | コメント(0) |
あけましておめでとうございます。
昔、会津の城下では元旦の早朝暗いうちから、初音売りがうぐいすの鳴き声を真似て売りあるきました。江戸時代はもっぱら下級武士達のアルバイトといわれています、しんしんと降る雪の中に、初音売りが吹き鳴らす「ほ~ほけきょ!」という音色が吸い込まれてゆく、そんな新年の情景が目に浮かぶようです。今では見られなくなった雪国の城下町らしい美しい伝統です。この初音、現代は十日市という新年の初市で売られています。私のお店ではお正月に、箸置きにこの初音を使用致します。やがてお酒が回るころ、客席からはお客さまが吹き鳴らす初音が聞こえてきます。