おかみの花日記

サワキキョウ2

| 2008-08-29 08:17:54 | トラックバック(0) |
サワキキョウ
8月も半ばを過ぎ、急に気温が下がる日が続いた 。ここ数日は雨の日が多い。

久しぶりに猪苗代湖近くの湿地を訪ねたら、数年ぶりにサワキキョウに出会った。それもかなり大きな群落です、辺りにはリンドウやミソハギ、ギボウシも見られます。

困った事にサワキキョウは花が青紫の美しい花なのですが独特の匂いがあり、花を折ったりしなくとも近づいただけで独特の匂いがします。

これに良く似た匂いの花があのツリガネニンジンです。
しかしサワキキョウのほうはもっと強烈かもしれません。
花を頂いて車の中に入れようものならエアコンを切って
窓を開けないとあの強烈な匂いが充満します

湿地のある高原の空は雨が止み、暑くもなくすがすがしい空が広がっていました。


うどの花(山の花火)

| 2008-08-19 20:43:20 | トラックバック(0) |
udo
積乱雲が沸き立つ頃、山の中で花火が開いたような花を良く見かける。

この不思議な花は何だろうと長い間思っていた。それが春の代表的な山菜「うど」の花だと知ったのは最近のこと。

でも茶花としては用いられたという話は聞いたことがない、この頃になると食用にはならないばかりか「うどの大木」などと言われてしまう。

いつの時代からか、役に立たない人間を「うどの大木」などと比喩して言うようになった。茎は夏を過ぎる頃から木質化が始まり、芯が空洞化してきて冬には枯れ木のようになる。

春、山菜取りの名人はまだ土の中のうどをこの茎殻の辺りを掘り収穫をする。

山の花火が開く頃、里の町々でも夜空に花火が開き、会津の夏が過ぎてゆきます



みそはぎ

| 2008-08-18 09:45:34 | トラックバック(0) |
ミソハギ
夏の裏磐梯、暑さを逃れて避暑に来る人が多い今頃に、散在する湖沼群でミソハギの群落をみることができる。

昔は里近くの田んぼのなどにも多く見られたというが、除草剤や電動草刈機などに追いやられ、次第に姿を消しつつある。

お盆の頃に咲くから「盆花」などという地方もあるくらい身近なところに咲いていたのでしょう。細い茎を直立させて枝分かれをしながら、夏の日差しを目指すかのように天に向かって伸びていく。

よくみると六弁の小さな紅紫の花を無数に付けている
よくはわからないが宗教的な儀式に使われたらしく「みそぎはぎ」がその語源だという。

いまのように農家の庭先に多くの花が見られなかった時代はお盆の頃に仏前に供える大切な花だったのでしょう、時代が変り洋花や栽培種の花が増えるに従い
役目を終えて省みられなくなったようです。

花も時代と共に人との関わり方がかわってゆく、この素朴な田舎娘のような花をもちかえり、竹籠の花入れに活けてみると見事なくらいに垢抜けてくる。

*写真提供・・常陸の殿


睡蓮

| 2008-08-15 07:39:39 | トラックバック(0) |
睡蓮
ビオトープ
昨年の夏、主人は不思議な甕を買い込んできた。大きさが1メートル以上はあるでしょうか。新潟のアクアビジネスの会社が、中国の山の中でつくられた物を輸入しているらしいのです。


大きさもさることながら。側面曲線に沿って地肌に流れる茶色の飴色の釉薬がそれは見事です。相当に大きな登り窯で、それも原始的に焼かれなければ出てこない色です。

友人のティンカーベルという自然食ペットフードとペットホテルなどを経営している方のお店に前に売られていたものだといいます。

その甕の中に池の土を入れて水を張りめだかを放し、睡蓮の花を水中に植え込んでくれた.昨年はこの小さな睡蓮も白い花を咲かせてくれた。

今年は花が見られないが、葉の数が増えたような気がする。その年の冬、厚い氷が張ったのでめだかは死に絶えるたものとばかり思っていた。

ところが6月のある日、睡蓮の葉の辺りに大きいのや
針のように小さいめだかがたくさん泳いでるではありませんか。それも倍以上の数に増えています。

餌を与えたわけでもないのに、この冬をどうやって乗り切ったのでしょうか。水温が50℃になっても生き抜くというめだかの生命力の強さに驚きです

*写真提供、常陸の殿


アカショウビン2

| 2008-08-01 18:02:23 | トラックバック(0) |
アカショウビン
会津盆地から少しはなれた西側の山沿いの沢で久しぶりにアカショウビンの声を聞いた。まだ山の中でアカショウビンの姿に出会ってない。

なかなか、かわせみのようには人前には姿を見せないらしくこのままだと死ぬまでお目にかかれないのかもしれないなどと思っている。

尾瀬を源流にして新潟へ流れていく阿賀野川、この辺りまでは只見川と呼ばれている。鳴声を聞いたのはその支流の奥まった沢でのことでした。

日当たりの悪い沢沿いの田んぼは、いつ頃からか耕作がされなくなり、虫や蛙小さな魚が戻ってきたからなのでしょうか。

このあたりも、20年前には限界集落などという事が語られることはありませんでした。今会津ばかりでなく全国の山間部で、高齢化と過疎化で集落そのものが無くなる所が出てきはじめているといいます。

いつの時代からかはわかりませんが、長い時間と量力をかけて、収量の少ない田畑をそれこそ血がにじむような思いで耕して命の継承が行われてきたはず。

農業技術が進歩し近年ようやく楽な暮らしが出来るような世の中になったはずでした。そんな田んぼにも葦が生え、多くの場所で取り返しが付かない姿になってきています。

人の姿が消えて、子供達の声が聞こえなくなり、寂しくなった野山に、アカショウビンの声が「キョロロー」と悲しげに風に吹かれて流れてゆきます・・

*アカショウビンの写真、写真家廣瀬様からお借りいたしました。