おかみの花日記

涙の粒

| 2004-11-30 20:28:00 | トラックバック(0) |
おわかれにあたって
主人とともに、会津で懐石料理屋を始めようと小さな子供たちと会津若松に移転してきた昭和61年の年でした。住み慣れた柳津町を後にして、会津盆地に入る峠をトラックに積んだ荷物とともに越えて来た日の涙を今でも忘れません。資金もなく、何もない私たちにあったのは, 無謀なまでの自分たちの夢を実現したいという, 熱い情熱だけでした。おもえば毎日のように里山を駆け巡り、お客様の喜ぶ顔を心の中に描ながら、早朝から山に出かけ、野の花を摘み、おいしいわき水を汲み夜遅くまで無我夢中で働いたような気がします。でもとても充実していました。さりげなくお店の中にいけた花に「きれいですね」と声をかけてくれるお客様の声に励まされて、ここまで来たようなきがします。おもえば、開店当初から多くのマスコミからも注目を浴び、またたくさんのお客様との出会と感動が私たちの支えでした。みんなそれもこれも私のとって大切な涙の粒の宝石です。店を閉じて誰もいなくなった、お店にたたずみますとそれらのことが、キラキラ輝き思い出されます。私たちの想いと志は籠太に受け継ぎこれからも、会津を愛する想いと情熱を燃やしていきたいとおもいます。

大文字草

| 2004-11-21 17:43:00 | トラックバック(0) |
秋も深まり、お店の路地に台湾ほととぎす以外に花などないだろうと思っていたら、大文字草が咲いていた。知り合いの方が親切に根ごと持ってきてくれたのは十年以上前でしょうか、お店の門の奥の蹲いの側に植えてくれた。移植した場所が良かったのか、何も面倒を見なくとも晩秋の頃になると毎年のように花を咲かしてくれる。初夏に咲く「雪の下」と同じ仲間なのだろうが、花が咲く時期が異なるだけで花の形も良く似ている。花の語源はこの花の形にあるのでしょう。写真のように本当に大と云う字によくにている。植物は進化の過程で、同じ種のなかまでも、生命は遺伝子を進化させ、花をつける時期を異なせることにより、絶滅を回避したといいます。小さな植物のいのちの継承がなせる技に、生きる勇気を与えてもらったようなきがする。

うめばちそう

| 2004-11-01 17:43:00 | トラックバック(0) |
友人の経営する居酒屋にお邪魔したら、カウンターの上にかわいいうめばちそうの鉢植えが置いてある。その美しさを褒めたら、生えている場所に案内するという。案内された場所はかなりの標高が高い晩秋の高原。それも高原ダイコンの栽培している休耕地に、あきれるほど群生していた。全くあるところにはあるものとためいきがでてしまう。野草にはそんな事が時々ある。根ごと持ち帰って鉢植えにしたが、数年後には消えてしまった。気難しがりやの友人はまた採ってくればと素っ気ない。その友人が今年、突然梅鉢草の花を根ごと届けてくれた。秋も深まる高原に、寒風のさらされながら密かに咲いているこの姿を想い描く。