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| 03.親父の「お薦め」 07月26日 08:08 | コメント 1 通 |

- 親父の昼飯4パパカルド(イタリアン)

もうずいぶん前になる
料亭をしている時代、若い夫婦が私の店煮来店してくれた
友人の紹介だったので部屋を訪問し挨拶をした。

それがこのシェフとの出会いであった
独立して会津若松でお店を持ちたいと話していたが
しばらくして飯盛山の近くに「パパカルド」お店を開店した。

素敵な田舎にはもったいないようなイタリアンのレストランだった
何年貸してお店は七日町に移転したが
素敵な料理とお店は変わらない
さて今日はいとことランチ、
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時々ランチを食べに行くけれど
いつも期待を裏切らない
きょうはメインはエゴマ豚を利用したイタリア風の荒引きハンバーグ
親父会津でも数少ないお勧めのお店だ

| 01.親父の「ぼやき」 06月25日 10:53 | コメント 1 通 |

- むらさきうに

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この大震災の影響は様々なところに出てきている
三陸ものの海産物が入荷しないのには
ほとほと困っている

特にこの時期ムラサキウニが大量に入荷していたのが
ほとんどこない

福島県沖や三陸にうにがいかに品質が良かったかを思い知らされた
最近青森沖のものが入荷したがあたりはずれが多く参ってしまう

養殖牡蠣も干物も三陸ものは品質が良かった先日
あの球姫牡蠣のホンダ水産のホームページを見たが
再開のめどが立たないという
あの牡蠣を養殖していた「6人衆」はどうしてしまったんだろう


| 05.お薦め連載「季を食らう」 05月13日 21:17 | コメント(0) |

- さばなまり

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江戸時代の物流記録を見ていて
猪苗代湖の湖上水運の重要さに気がつく,

新潟を経由して運ばれる
北前船の運ぶ北海道の乾物とそれを利用した
郷土料理(鰊や棒だら)ばかりが注目されているが

それ以上に太平洋側から運ばれてくる海産物は
意外と注目されていない。江戸時代からすでに会津へは新潟と浜どおりの両方から
海産物が運ばれてきていたようだ.

その代表的なものがさばなまりだろう
古文書などの記録によると
春雪解けとともに太平洋側からいくつもの峠を越えて
さばなまりは大量に会津に運ばれた。
猪苗代湖の福良の港に着くとそこからは
湖上を船で運ばれた。

気温が高くなると搬送が難しくなるので、せいぜい6月ぐらい
までだったらしい。新潟から入る鰊よりもたくさん食べられていたこと
記録からわかる。

そのころ里山に出る独活などの山菜や、焼き麩、細竹などと
よく会う。会津を代表する郷土料理だ




| 01.親父の「ぼやき」 04月08日 20:11 | コメント 3 通 |

- 灯りを燈す

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お店は22日に再開した
お客さんは来てくれないものと覚悟を決めていた。

ところが始めてみると予想外にお客様が来てくれた。
皆が生きていてよかったね~などと無事を確認しあった
そんなことが再開以来続いている。

多くのお客様から籠太の明かりを消さないでと励ましのメールを頂いた
あの日から、不安で寝れない夜が続くなか、
お店を再開するかどうか迷っていた。

でも朝から晩まで調理場にいて知らぬ間に再開の
準備を無意識にしている自分に気がついた。

水をあらん限りのペットボトルに詰め込み貯蔵した。
時間があれば、非常食を作り真空して殺菌し溜め込んでいた。

又調理場で意味のない片付けものをしたりして時間が過ぎていった
何かしてなければ落ち着かないのだ。

ふと入院している母のことを思い出した。母はいやなことや辛いことがあるとよく
掃除をしていた。もくもくと掃除をすると
何か辛いことがあるんだなと子供心に察した。

*写真  hitatinotonoから拝借



| 01.親父の「ぼやき」 03月19日 16:16 | コメント 3 通 |

- 母のこと

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この東北関東大震災のさなか、病院から連絡があった
17日、午後1時30分予定通りお母様の手術をいたします。
94歳、この手術に耐えられるかと心配したが
術後、母は思いのほか元気だった。

この大災害の中でも病院の職員さんや看護師さん、お医者様も含めて
何事もなかったかの様に粛々と仕事をしている。
みんな不安なはずなのに看護師さんは母に笑顔で接していた。
帰宅するとき病院の前にはいわき方面からの避難者が
並んでいた。

途中立ち寄ったスーパーでいわきナンバーの車に腰を曲げた老婆が
会津弁で「これ食わんしょ」といって車中の女の子に菓子パンを与えていた。
婆ちゃんの目に涙があふれていた。

この何日か、お店の営業は出来なくなり13日から休んでいる。
いわきから避難してきた親戚の対応やお客様のキャンセルの対応に追われて
店に泊り込んでいる。

この震災のために、歓送迎会シーズンの最中、正直経済的ダメージは大きい
様々なことを考えると、浮き足立って体調がおかしくなった。
血圧が上昇し、かかりつけの近所の医院で医師は心配して
今まで出したこともないような薬を出してくれた

フラフラしながらここ数日対応に追われている。
何気なく、俺の弟子や友人達の店に電話したら震災の後、
キャンセルが相次ぎ苦しいけれど店を休んでないという
俺は恥ずかしかった。やつらは俺をすでに越えていた。

日本人て何て素晴らしいんだろう。ここ数日、
様々な場所で様々な場面で日本人の
素晴らしさを見せられた。



| 01.親父の「ぼやき」 03月18日 12:03 | コメント 1 通 |

- 救援に来てくれた

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翌日から、ガソリンスタンドに行列がはじまった
もしもの時のようにガソリンを満タンにしておこうというわけだ
3日目に仙台にいる息子から妻の携帯に電話があった。

無事だという。車を運転中に震災にあい、車を止めて高台に逃げて
助かったという。

すぐに帰れといったら、「俺は仙台の復興にがんばるといって」
帰宅を拒否した。気持ちは複雑だけれどうれしかった。
あいつもやはり会津武士の血と志を受け継いでいるのだと思った
まだ小さい頃、飯盛山で話したことを思い出した
人は命を懸けてまもらねばならないものがある。

その意味がわかっていたのだと思う
電話はその頃から少しづつ繋がり始めてきた。
様々な方から電話があった。「空き家があるから非難しておいで」
「何かほしいものはあるか」、その一つ一つがありがたく涙が出た。

WEBの掲示板にも様々な方から励ましの書き込みが続いている。
昨晩、新潟の弦ちゃんから電話があり、
米、野菜、ガソリンを持って駆けつけるという
翌朝本当に弦ちゃんは約束どおり来てくれた。
高速も会津若松と新潟は開通しているらしい
49号線も無事だという。

早速救援品を頂き、帰途に着く弦ちゃんを見送った
うれしさに涙が止まらなかった


| 01.親父の「ぼやき」 03月17日 09:43 | コメント 2 通 |

- その時、(大地震)

nullその日2時30分ごろだったか突然、大きく揺れ始めた
揺れが長く、大きな食器棚を夢中で支えた
その時脳裏を「もうだめかもしれないという不安がよぎる」
地震が収まるとあちこちの部屋であちこちで食器が壊れていた、
幸いにして数枚で済んだのは幸運だった。

余震が続く、次々と悪いニュースが入ってくる
正直精神的にも相当ダメージが来ていた。
夜寝れない、フラフラして立っているのが辛い
翌日医者に行ったら血圧が上昇していた。

この数日間、よく寝ていないような気がする。
その日の夕方、親戚がいわき市から避難してきた。海辺に住んでいたので
周りがほとんど津波に流されてしまったのだという。

着の身着のままで車に乗り逃げてきたという
妻の実家に身を寄せ、私の自宅や会社の寮を仮住まいに提供した
深夜電力を利用してお湯を沸かす風呂がこわれ水漏れしていた

翌日知り合いの大工さんにおねがいして業者を紹介してもらった
風呂はすぐに直った(よかった・・・)
いわきから避難してきた親戚が

「暖かい部屋と風呂に入れることがこんなにありがたいことだとおもわなかった」
涙ぐんだ。

外に出て驚いた、この余震と原発の不安の中でみな
何事もなかったかのように冷静に行動している
あらためて、日本人てなんて素晴らしいんだとおもつくづく思った
道路工事はいつものように続けているし
病院の看護婦さんは冷静に仕事を黙々と続けていた
うろたえた自分が恥ずかしくなった。
どんなことになろうと日本は再びよみがえるそう確信する







| 01.親父の「ぼやき」 03月07日 10:11 | コメント 2 通 |

- 幸せな二人

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お客様の中には、とても学ばせていただける方たちが
たくさんおられる
この夫婦もそうだ、蒲生氏郷が好きで会津に来るようになり
3年ほど前に私の店においでになった.

それから籠太が好きになってくれて,
年に何度もおいでになるようになった
何回めかの来店のときに、横浜でメンテナンスや清掃を仕事にしていることが
わかりいろいろ教えていただけることになった.

プロの掃除の仕方や洗剤の知識について丁寧に教えてくれる。
このお二人について感心するのは
自分たちの仕事や生き方にとても真摯に向き合っていること
仕事の話や生活の話に慎ましく幸せに生きている姿が見えてくる。

お帰りになる、多くのお客様のお客様の後姿に
一期一会の出会いの縁の不思議さに感謝する

人は何のために生きるのか、幸せって何なのか、
いつもお客様との交流の中でみつめる。

わざわざ数多いお客様が
籠太で飲み食いすることを目的においでになる。
おいでいただいた何時間かのあいだに様々な心の交流を共有する。

ありがたいと思う心だけでは表現できない想いが積もる
仕事に疲れたのでリフレッシュに籠太に行きます。
そんなメールを見ているといつも目が潤んでくる。


| 05.お薦め連載「季を食らう」 03月04日 12:39 | コメント 1 通 |

- 淡雪豆腐

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美しいを会津を料理に描きたい
と願いいつもメニューを考えることがある
最近これはいい名と思うのがこの一品

「淡雪豆腐」あわゆきと読むか、うすゆきとよむか
まよったがやはり淡雪が食べ物のにはいいとおもった。
作り方はこうな具合

①大根おろしを作り水分をよく切り山芋のすり卸と
同割りくらい混ぜる
②豆腐を4等分して鍋に入れお湯を張り温める。
その際ホンワリ温まるくらいがいいぐらぐら煮ない
③天露を別鍋に温めておき、豆腐が温まったら
うつわにもりさきの山芋大根おろしをたっぷりかけて
天露を張り天に青菜を添えれば出来上がり

どうです。雪解けの頃にふさわしい一品でしょう。
藤原家隆卿の春の和歌など想い浮かれれば
もうこれで完結ですな・・・
「花のみまつらんひとに みせばや 山里の雪間の春を」
本当の春は山里の雪間に顔をだしたふきのとうのようなものなのかもしれない
そんな感じかな・・




| 05.お薦め連載「季を食らう」 02月25日 21:54 | コメント(0) |

- されど大根

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長尾さんの野菜を買い始めてもう何年になるだろうか
安全で美味しい野菜や米を作ることを願い
会社を辞めて、無農薬有機栽培に挑戦すると
志を立てて野菜や米を作っている


又こういう人たちとの交流を始めてもう何年になるのだろう
その間に、厳しく辛いこの仕事にどれだけ多くの人が
この現場から離脱しだだろうか。

この大根を見てください普通の市販の半分の大きさもない。
だけど、晩秋雪が降るまで、いや雪が降っても畑のなかで年を越す。

寒さのなかで大根は自分の命を守るため甘みを増す。に
無肥料で土の生命力をぎりぎりまで引き出している。

籠太のお客様のなかにはこのただものでない大根の実力を
味わった人はたくさんいるはずだ。この大根がでると籠太のメニューにおでんが登場する
大根がなくなるとおでんは終わる





| 01.親父の「ぼやき」 02月07日 21:19 | コメント 1 通 |

- 復帰(エアロ)

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お客さんの中にも俺がジムに通い、エアロをしていると知り
ゲラゲラ笑い出す人もいる。(おかしいかな・・)
あるときに気がついた。体力がないと仕事のレベルは下がるし、持久力もなくなる
どうせ俺も車にたとえれば1970年代に新車だったが、もうレトロに近い
どうしようない中古車だ、大事に手入れをして
長持ちさせて乗らないと・・と、そんな心境だ

エアロ始めてもう3年目になる、最初は恥ずかしかったが
美人のかわいいお姉さんに囲まれて、なかなかいいものだ
週2回から3回のペースなのだが
毎回楽しみにしている。それでも昨年9月末に弟を亡くし
約半年ぐらい休んでいた。

2月のはじめから本格的に復帰して又始めた
年も年だしそんなに激しい運動も出来ないが
それでもエアロをしている男性は70過ぎている人もいる
俺も今年還暦の厄払いをしたがエアロの男仲間では
年齢の先輩が数多くいる。
どうせ年をとるなら健康できれいに年をとりたい
最近そう思うようになってきた




| 03.親父の「お薦め」 02月03日 11:07 | コメント 3 通 |

- 親父の昼飯3

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この店に何回通っただろう
喜多方市内にあるときから数え切れないくらい
通っている。必ず注文するのがこの2品

リガトウニュのゴルゴンゾーラとトリッパ(牛の第二胃袋の煮込み)
トリッパはイタリアのウンブリアのレストランでも食べたが
ここのが現地に一番近い味がした。

素朴で少し味が濃く、赤のワインによくあう
そういえば、この前行ったときウンブリアのアッシジのワインも
あった。今度行ったら飲もう・・・
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オリーブオイルを輸入している朝倉さんは
ウンブリアに自分のオリーブ畑を持ったという

このまえウンブリアの山で茸採りをした画像を見せてもらった
ウンブリア地方は良い茸がたくさん取れるらしく
茸の種類も多くそれを使用した料理もとても美味しいと話してた

*日立tono画像拝借・・許されい・・


| 05.お薦め連載「季を食らう」 01月31日 15:41 | コメント 2 通 |

- さくらます

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今年の雪は深い
でも、海のなかでは確実に春が近づいていることを教えてくれている.

今年もサクラ鱒が入荷し始めた。毎年今頃になると
サクラ鱒を酢じめにしてカルパチョを作る

サクラ鱒はその名のとおり、春を告げる魚だ
春先遡上し川底に生まれた卵は9月から12月にかけて海にかえる
このときに川に残るグループと海に帰るグループに分かれるが
川に残ったものがヤマメといわれている.

このます、日本海側で川に遡上するために近海に近づく
それを採ったのが「さくらます」だ
このさかなは寄生虫の危険も伴う、だから必ずおろした後に
急速冷凍をかける。

そのあと塩をふり酢じめにする.
この美味しさは春の魚として比較するものがないくらいに美味しい
5月の連休ごろまであるから一度食べに来てみたら
おいしいよ

| 03.親父の「お薦め」 01月26日 20:24 | コメント 2 通 |

- 親父の昼飯2

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平さん(お手伝いの板前さん)
が休みのときや、昼飯を作りたくないとき
よく近所の洋食屋、葡萄屋にでかける
籠太から100メートルぐらいの距離にある。

歴史は古く、二十数年まえにはこの店で食事をした記憶があるが
それ以来縁がなく近づきもしないでいた。
ところが2年ほど前になんだか気になるので食事にでかけたら
これが想像を超えるほどに楽しく美味しい店であった。
それ以来何度も友人との食事などに利用している。

昔、浅草や東京の下町にあった洋食屋の匂いがぷんぷんする
もう東京では見られなくなってきた
(昔よく行っていた浅草の行きつけの洋食屋は高級化して
信じられないような値段で商いをしていた)
この手の店あるようでなかなかない。会津にあるのがうれしい
フレンチではない洋食屋だ。
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この店で俺がよく食べるのがボルシチ、パンも美味しい、
かの世界的な版画家、斉藤清はこの店が大好きだったといわれている
彼はよく煮込みハンバーグを食べていたと言われている

彼がこの店のことを何かの本に書いていたのを見たような気がする。
こんな店が会津にあるのが何よりもうれしい
斉藤清先生を偲ぶかのように店内は彼の版画が飾られている



| 03.親父の「お薦め」 01月25日 20:55 | コメント(0) |

- ホワイトブッシュ(ヤニボトル)

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ノースランドのカウンターの奥の棚は
まるで玉手箱のようだ、奥のほうから何が出てくるかわからない
不思議な魅力に満ちている。

開封されたのが何時頃なのかももわからないようなボトルが並んでいる
このホワイトブッシュもそうだ。

おそらく20数年間も誰にも飲まれることなく
ほったらかしにされていたのだろうと想像がつく。

ラベルのデザインも今のものとはかなり違う
のんで見たら大当たり、へへへものだ。

カラメル臭が立ち、この店の歴史が魅惑的な味に仕上げている

かといってウイスキーも古ければいいというものでもない
なかにはどうしようもないものもある。
このまえもヤニボトルが目の前にあったので、
飲んで一言、これは「こしぬけ婆のようだ」とおもわずいってしまった
香りも、味も何もかもが抜けてしまい凛としたところが何もない。

ウイスキーは長期保存のものでも味がよくなるのばかりでないことを思い知らされた
この古いホワイトブッシュ、雪道に足を取られながら空瓶を持ち帰った。




 
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