| 01.親父の「ぼやき」 03月18日 12:03 |

- 救援に来てくれた

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翌日から、ガソリンスタンドに行列がはじまった
もしもの時のようにガソリンを満タンにしておこうというわけだ
3日目に仙台にいる息子から妻の携帯に電話があった。

無事だという。車を運転中に震災にあい、車を止めて高台に逃げて
助かったという。

すぐに帰れといったら、「俺は仙台の復興にがんばるといって」
帰宅を拒否した。気持ちは複雑だけれどうれしかった。
あいつもやはり会津武士の血と志を受け継いでいるのだと思った
まだ小さい頃、飯盛山で話したことを思い出した
人は命を懸けてまもらねばならないものがある。

その意味がわかっていたのだと思う
電話はその頃から少しづつ繋がり始めてきた。
様々な方から電話があった。「空き家があるから非難しておいで」
「何かほしいものはあるか」、その一つ一つがありがたく涙が出た。

WEBの掲示板にも様々な方から励ましの書き込みが続いている。
昨晩、新潟の弦ちゃんから電話があり、
米、野菜、ガソリンを持って駆けつけるという
翌朝本当に弦ちゃんは約束どおり来てくれた。
高速も会津若松と新潟は開通しているらしい
49号線も無事だという。

早速救援品を頂き、帰途に着く弦ちゃんを見送った
うれしさに涙が止まらなかった


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コメント(1)

[ 2011-03-18 18:04 ] hitatinotono wrote:
つるちゃん、お疲れ様でした~
写真写りがいいですね(^^。
全国からの激励の便り、親父さんの
人徳ですね。
 籠太城での再会を楽しみにしております。

 息子さん!!
良かったぁ~涙。

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