| 01.親父の「ぼやき」 03月17日 09:43 |

- その時、(大地震)

nullその日2時30分ごろだったか突然、大きく揺れ始めた
揺れが長く、大きな食器棚を夢中で支えた
その時脳裏を「もうだめかもしれないという不安がよぎる」
地震が収まるとあちこちの部屋であちこちで食器が壊れていた、
幸いにして数枚で済んだのは幸運だった。

余震が続く、次々と悪いニュースが入ってくる
正直精神的にも相当ダメージが来ていた。
夜寝れない、フラフラして立っているのが辛い
翌日医者に行ったら血圧が上昇していた。

この数日間、よく寝ていないような気がする。
その日の夕方、親戚がいわき市から避難してきた。海辺に住んでいたので
周りがほとんど津波に流されてしまったのだという。

着の身着のままで車に乗り逃げてきたという
妻の実家に身を寄せ、私の自宅や会社の寮を仮住まいに提供した
深夜電力を利用してお湯を沸かす風呂がこわれ水漏れしていた

翌日知り合いの大工さんにおねがいして業者を紹介してもらった
風呂はすぐに直った(よかった・・・)
いわきから避難してきた親戚が

「暖かい部屋と風呂に入れることがこんなにありがたいことだとおもわなかった」
涙ぐんだ。

外に出て驚いた、この余震と原発の不安の中でみな
何事もなかったかのように冷静に行動している
あらためて、日本人てなんて素晴らしいんだとおもつくづく思った
道路工事はいつものように続けているし
病院の看護婦さんは冷静に仕事を黙々と続けていた
うろたえた自分が恥ずかしくなった。
どんなことになろうと日本は再びよみがえるそう確信する







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コメント(2)

[ 2011-03-17 14:22 ] 横浜の中島 wrote:
ご無事で何よりでした。

今回の事は本当に言葉にできない惨状ですが、
日本人の誇りにかけて必ず乗り越えていかなければなりません。
今、私に出来る事は節制や募金など微々たることかもしれませんが、
積み重ねて取り組もうと思っております。

疲れた心を休められる処(お店)の再開を祈っております。

[ 2011-03-17 19:30 ] youmetown wrote:
会津の被害はそれほどでもなかったようで安心いたしました。都内でもかなり揺れましたが、多少部屋が散らかった程度でさしたる被害はありません。ただ、訪ねた翌週にこのようなことになってしまい驚いています。風評を含め何かとご苦労は多いかと思いますがご自愛いただければと思います。こちらも近いうちにまた会津を訪ねたいと思っています。その日が早く来ることを念じつつ、まずは取り急ぎお見舞い申し上げます。

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