| 01.親父の「ぼやき」 06月07日 23:26 |

- 白虎隊の塹壕

塹壕4
古城研究会の代表石田さんから、白虎隊が大野ヶ原で実際に使用した塹壕があることを聞いて興味を抱いていた。

ある日石田さんから声がかかり、5月の連休中に親父はそこに同行させていただいた。そこは強清水から東側に数百メートリの近い所にある。こんな重要な場所が史跡に指定されるでもなく放置されている、夏になると藪になり所在さえもわからなくなる。

草原を断ち切るかのように立ちはだかる小高い丘のような所に数箇所、誰が考えてもここに陣を敷くのが当たり前だと思うような場所、ここが会津藩の防衛線であった。

後に藩士が残した図面から石田さんはその場所を特定したのだと言う。小高い丘の上に陣取る会津藩、佐川官部衛を中心とした主力部隊がその場所に布陣した。

そこから100メートル先ぐらい東側の少し離れた見晴らしのよい場所に白虎隊の塹壕は掘られている。

石田さんはこの遺跡を残すのは、会津人の使命だと思うとはなしてくれた。俺もそう思う。

塹壕からは敵の本陣の山が見わたせ。そこには板垣退助を中心とすると西軍がいた。塹壕に入ると大野ヶ原が一望に見渡せる。

塹壕の中に座りながら雨の中に敵と対峙する少年たちのことを思い目頭が潤んできた。

恐怖と会津を守り抜かなければならない使命感、いったい何を守ろうとしたのか、まだ春の芽吹きもそこそこの大野ヶ原は快晴、まだ冷たい風が吹いていた

トラックバック

Trackback URL

コメントを書き込む

このアイテムは閉鎖されました。このアイテムへのコメントの追加、投票はできません。