| 02.親父と「出会い」 03月18日 07:17 |

- ワシントンホテル講演(再録2)

花の鶴ヶ城
当時、それらの事を民有新聞で連載を始めたわけであります。
始めると同時に一番先に反応したのは、大学で食文化を研究している先生達でありました。

一番先に専門家の先生達をあいてに講演する事になったわけであります。それから、それがきっかけになりまして、新人物往来社の「歴史読本」に執筆しております。

さて、この会津という地域は相当古い時代から、大きな権力の基盤が存在していた事は御存知のとおりです。
あの大塚山古墳や坂下町の亀が森古墳のように東北でも有数の規模の古墳群の存在はそれを物語っております。

磐梯町に存在した巨大な仏教文化の遺跡、恵日寺などもこの地方の大地の恵みの豊かさの裏づけが無ければありえなかった話であります。

最近では坂下町で発掘されました陣が峰城の出土品などを見ますと12世紀という極めて記録の無い時代にも、相当大きな権力が存在した事がわかってきました。おびただしい青磁や白磁、それも中国大陸から伝来したものばかりが大量に出土しました。

その後も中央の権力と直接的な結びつきが強い勢力の政治支配が長く続く事になります。私達、会津人の祖先はそういう歴史的な背景の中で「命の継承」という壮大なドラマを演じてきた事になるわけであります。


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コメント(1)

[ 2007-03-21 07:38 ] ながけん wrote:
 先日のワシントンでの講演ありがとうございました。
 葦名時代や戦国時代、幕末の武士の様子は講演や本に触れ合う機会もあるのですが、生活や経済の話というのはなかなか聞く機会がありません。
 「会津の人々がどのように命の継承をしてきたのかお話したいと思います」という最初の言葉がすごく印象的でした。「生きるというのは食い続けることだ」と誰かが言っておられましたが、まさにそのとおりだと思います。
 今のように陸路が発達していない江戸時代は今よりも「川の道」というものが身近にあったのだと思いますが、なかなか想像できないものです。 また食材を傷ませないための工夫もたくさんあったのだと思います。冷蔵、冷凍技術が発達すると、「知恵」もなくなってきますね(笑)
 今後も時々この「親父のぼやき」読ませていただきます。

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