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| 01.親父の「ぼやき」 01月04日 23:46 | コメント 2 通 |

- 新年にあたり

年賀状
あけましておめでとうございます。

昨年中は皆様方に大変お世話になりました。振り返りますれば、思いがけなくよい年でした。

新店舗に移転してまる3年、ようやく新しい籠太らしさが定着してきたのかなという感じです。

昨年9月、日本の名居酒屋百撰にも選んで頂いた事は
身に余る光栄であります。その名に恥じないように会津の美しい自然と歴史ある伝統文化を料理に描きたく精進いたします。

              親父九拝

| 01.親父の「ぼやき」 12月02日 21:23 | コメント 1 通 |

- 親父の寝酒

グレンドロナック
最近裏のショットバーノースランドに頻繁に通う、多い時は週3回なんて時もある。家内が「今日も町内会ですか?」なんていう。

町内会とはここノースランドの事、仕事を終えるのが12時近いので、そんなには飲めないけれど、いくとソルティドックをまず手始めに注文する。大きなグレ-プフル-ツを半分絞るママのつくるソルティドックがこれまた美味しい。

その後にジントニックといくのが定番、そうそう、この前は寒かったので、ホットアンドバターラムつくってもらった美味しかった。

熱い紅茶に年代物のラム酒、そこにお砂糖少々とバター少々を浮かす。イギリス海軍の飲み物だったというが
体がとても温まる。

そのあとこのグレンドロナックの15年を封切してしまった
。頻繁に通うと、カウンターの棚に時々未開封の年代物を見つける時がある。
マスター



昔仕入れたものが物置に置いてあると言うが、何が出てくるのか興味が尽きない。マスターにお願いして封切をしてもらう。(ウッヒッヒ・・)そう親父は封切り男なのだ・・・今までもどれだけ封切をしたことか・・え?づるいだって・・


| 01.親父の「ぼやき」 09月01日 10:48 | コメント 1 通 |

- さすらい

iwasigumo
俺と同じような年恰好のお客様が独りで飲みに来る事がよくある。リュックを背負い、頭にバンダナを巻いたあるお客様が来店し、少し酔いが廻ってきたのか自分の旅について語り始めた。

女房が亡くなり子供も家から離れて、ある時ふと旅にでも出てみようかと思った。そんな事がきっかけであちこちさすらうように歩いているのだという。

目的もあてもないさすらいの様な旅なのだろう。もうすでに酒を飲んではいけない体になってしまったのに、酒なしでは生きてゆけないとさびしそうに話していた。

俺の友達にも最近奥さんをなくした。、青春時代、彼女も共にあちこち旅行に行ってただけに訃報に戸惑いをかくせなかった


当時(1980年代)アメリカのフォークシンガーにアローガスリーという人がいた。あの「風に吹かれて」を歌ったウディガスリーの息子だ。

彼は妻を亡くし、家族もなくし拠るすべもない男のあてのない旅人の人生を情感たっぷりに、旅人の子守唄という曲で歌い上げている。この前突然FM放送から流れてきてなつかしさに涙が出てきた。

 ・・歩いてゆくよ、思うままに、子守唄なら星が歌うよ
たしかこんな日本語の訳詩があったような気がする。

今年のお盆、青春時代をすごした友人が20数年振りに訪ねてきてくれた。親父が高齢になり独り暮らしが出来なくなり、都会の病院に引き取りに来たのだという。

高校時代から頭がすごくよかった彼は、SONYに就職し
SONEの一番良い時代を人生の中で過ごした。彼と近くのショットバーで飲んでいろいろな事を話した。何よりも会えないと思っていただけに嬉しかった。
九州に永住を決めた彼とはもう会えないかもしれない・・

      語尽山雲海月情
写真:常陸の殿、平塚様


| 01.親父の「ぼやき」 08月03日 08:06 | コメント(0) |

- 梅酒

梅
会津の美里町高田地区には昔から高田梅という名産の梅がある、粒が大きく長い間名産として高価な値段で取引されてきた。

ところがおろかな者が苗木を売り出してしまったものだから、山梨とかもう少し暖かい地方で栽培される事となり、会津の本場のものが出回る頃には価格が暴落して
商品価値が低落する現象が起きてしまった。そのために地元の梅栽培農家が採算が取れなくなり、困り果てていると聞く。

我が家にも梅ノ木がある。母がスーパーで買った鉢植えを移植したものだ。そのころ、まだ元気だった母は、よく泊りがけで来てくれて。庭の掃除や家の中の片付けをしてくれた。子供が小さかったこともあり本当に助かった。その母も、もう90歳を過ぎた。

母は同じことを繰り返し話すようになった。そんな母の話を親孝行だと思い聞いている。あれから十年近く梅ノ木は大きくなりたくさんの梅を実らすようになった。

久しぶりに母が来て梅ノ木の大きくなったのに驚いて涙を流してた。ここ数年、この母の植えた梅の実で毎年梅酒をつける。ところがこの梅酒、香がよくとてもいい梅酒が出来る。美味しいと評判がいい。

| 01.親父の「ぼやき」 05月08日 12:53 | コメント(0) |

- 豆腐の話

豆腐
私の弟子として昔働いてくれた人に、小原さんの豆腐を紹介した事がある。関心して聞いてくれたので、その後豆腐を使用していてくれているものばかり思っていた。

あるときに、お店に行き「どうですか」と聞いたら返事がない。忙しそうだったので揚げだし豆腐を頼んでみた。
すると出てきたのは、そこらのスーパーで安売りしているような豆腐が不要な細工をして出てきた。

暇な時間が出来たので「使ってないんですか」と聞いてみた。すると高くて使う気になれないという返事だった。
余計な事をしたんだろうかと悔やんだ。

彼にとっては 安い事に価値があるのであって豆をこだわるとか、油やにがりこだわるとか そんな事はどうでもいい話なのだ。

いくらむかし俺の弟子だったといったって「だからお前はだめなんだ」なんては言えない。価値前提が異なるのだから仕方がない。


同じ事がお客様との関係にも言える。飲み放題がなければだめだとか、お誕生日のプレゼントはないんですかとか、よく言われるが、そんな事をしてまで集客をしようとは思わない。

そんな事が目的ならば、いまどきどこの居酒屋でもやっている、それがなけれれば駄目だと言うのであれば、
そういう店に行けばいいだけの話だ。

最近高名なグルメサイトから声がかかった。見ていて嫌になってきた。やれクーポンがどうだとか。誕生日がどうだとか、俺にはあわないと思った。売り上げが上がりますよと魅力的なお誘い、悩んだが参加するのをやめた。


担当のお姉ちゃんには申し訳ないと思ったが、どうも俺の価値前提とあわないのだ。広告もお金を払っての事は、友人からの依頼での付き合い意外はしたこともない。観光公社発行のマップにも載っていない。


話は別だが、時々芸能人やタレントなども来ている、しかし、特別扱いはしたこともない。サインなどもらおうとも思わないし 飾る事もない。


俺の価値前提、それはよい素材を選び提供する事だけだ。淡々といい物を提供するそれだけでいいという心境になってきた

| 01.親父の「ぼやき」 04月05日 12:25 | コメント(0) |

- ワシントン講演録(再録9)

夜景
注目していただきたいのは、この右上の鱠です、何だか不思議な盛り方ですよねまんなかにあるのはほおづきの赤い実です


これは当時調査の過程で、昔の料理を知っている人がいるという情報が私たちのところに入ってきました。コンタクトを取り、東京女子栄養大学の島崎富子先生達と共に、聞き取り調査をする事が出来ました。

このことは大変ラッキーでした。驚いた事にその方は女性でした。日本郵船の船乗りコックをしていた主人が若松に帰り結婚し、神田さんという料理人の弟子になっ。
その神田某という人物から若松の伝統的本膳形式を教わったのだといいます。

主人が無くなってからは魚屋を商いながら、当時は自宅で行われたあちこちの結婚式に出向いて料理をしていたといいます。お会いした当時は83歳だと申しておりました。

なかなかに気骨のあるお婆ちゃんでしたが、その2年後には亡くなっております。使用したという食器や膳腕などをみせていただいたり、何よりも貴重でしたのは彼女の献立を書いた古文書の解説でした。

私達は献立古文書をコピーして持ち込み彼女に聞き書きをしました。このことが無ければ会津の江戸期の料理はわからないままに終わっていたかもしれません。


そのとき初めてこづゆが献立に「重」と書かれていると確信したわけでありますこづゆは小汁でなくて。「小重」が正しいようです。この方の証言で鱠がこのように盛られていたということも再現できたわけであります。


時間も来てしまいましたのでお話を中断するようですが
一応ここで終わらせていただきます。今日は本当に私のような者を呼んでいただき本当にありがとうございました。

| 01.親父の「ぼやき」 01月27日 10:56 | コメント 1 通 |

- 価格に価値のある時代(蔵の品格)

最近、湯の上温泉の渡辺酒食品の徳ちゃんと良く話題に
なる事がある

酒蔵の品格の事だ、以前から折に触れてこれが酒に出てくるような気がしてならないといってきた。

彼が新潟の石本酒造(越の寒梅)とお取引を始めてから、もう20年、様々な蔵を訪問させていただいているが、寒梅さんほどの「品格」を持った蔵は他にないと彼は言う。

玄関先、看板も無ければ表札も無く、言われなければ何屋さんだともわからない、しかし格調のあるたたずまい、そればかりか、経営に対する考え方、かたくなに自分達の目指す物への精神は他の蔵には無いものがあるという。

このかたくなさこそが「価値」だと力説する。世の中に、寒梅の悪口を言う人はごまんといる。偽物酒を飲まされて、寒梅は旨くないと評価を下す人も実に多い。

寒梅が好きか嫌いかはさておいて、蔵の品格の問題は経営者の姿そのものだから、残念ながら、お金やコンサルタントの指導などでは解決しない。

いろいろな酒蔵を訪問して、その事を感じてきた。蔵の品格は全てに表れる。だめな蔵はしている事の質の悪さに気づこうとさえもしない。気づけない品格こそが問題なのかもしれない。

最近はあまり見なくなったが、金粉を入れたり松茸を入れたり、名前を変えたり、ラベルを変えたり、ろくでもないない物に特産品や地名をつけ、くだらない地域おこしと安易な妥協をしたり、相変わらず20世紀的な、特別物手法の開拓に余念が無い。

又、少しばかり有名になり、売れ始めると天狗になる蔵も実に多い、時代が変ろうが、自分達の目指すものは何なのかしっかり向き合ってほしいと願う。

価格に価値のある時代だからこそ、かたくなさに価値がある、そうはいえないだろうか・・


| 01.親父の「ぼやき」 01月22日 16:21 | コメント 1 通 |

- 誤解

講演
様々な場所から特産品つくりや地域おこしなどのアドバイザーとして呼ばれる。

最近は県内各地に何処に行くにも、あのスズキの軽のワゴン車でいく。何故か愛着を感じるのだ。

この前もこんなことがあった。浜どおりのある市町村からお呼びがかかり、のこのこ愛車「籠太号」ででかけた。講演開始が午後1時半、講演が無事終了し、帰ろうとしたら担当の女子職員が駐車場まで見送りに来てくれた。

隣には高そうなベンツが駐車してあった。俺は愛車に乗り込み駐車場を出ようとしたら、若いその女子職員が口を押さえしゃがみこんで笑っているではないか。

何で笑っているのかそのときは気にもしないで帰ってきたが、ある時、その女の子が出張のついでに、友人らと籠太に飲みにきてくれた。

そのとき彼女が笑っている理由が良くわかった、彼女が言うには、先生はあのベンツでおいでになったとばかり思って、まさか隣のワゴン車で来たことが何だかおかしくて笑ってしまったのだという。

ワゴン車が変なんだろうか・・ベンツか・・俺はぼそっとつぶやいた。「ベンツでなくて悪かったな・・」

| 01.親父の「ぼやき」 06月04日 16:00 | コメント 169 通 |

- 価格に価値のある時代(10)

sirihana
大内集落から学ぶ事
多くの観光地や温泉場が観光客の激減に苦しんでいる。東北の観光地で数少ない勝ち組がいくつかある。

その代表みたいなものが、秋田の 角館と、会津の大内集落だと思う、かつて日本の近代化の波に乗り遅れ、むかしの景観がそのまま残っていたのが幸いした。

驚いた事に、大内集落からは福島県の長者番付に上る人さえ出てき始めている。20数年前、ネコも通らないような地域だった所が見事に再生した。友人の蕎麦屋桐屋の旦那も私も様々な面で関わってきたから、この変化を正直驚きで受け止めている。

イタリアに行ったときフィレンツェのまちで或る事に気づいた。クーラーの室外機が無いのだ。そればかりか、町には目立つ事に価値のある屋外看板さえない。

フィレンツェの町は世界中から集まった観光客でごった返していた。景観を守り発展させる事が如何に重要かを物語っている。

会津の中小企業の経営者には、口には出さないけれど観光で商いをする人を、何かこそくな商いをしているかのように馬鹿にするような風潮がある。会津に最大の経済的恩恵を受けている産業であるにも関わらずだ。


飯盛山の客引きのように、会津にそのように馬鹿にされても仕方の無い観光業者が多かったのも事実だ。でもそれはどこにでもあるような話だ

かつては酒も漆器も黙ってたって売れたし、努力をしなくても人はやってきた。そんな状況にあぐらをかき、消費者の時代の変化に無頓着であったことも事実である。

閉鎖系のコミュニティーは閉じているがうえに、時代の変化に鈍くなり、顧客視点で物を見る習慣が養成出来にくい環境が出来上がってしまったのだと思う。そんな中で経営がうまく行かなくなり、やがて施設や旅館が次々と廃業し、または銀行管理になってきた。

もしかしたら、新しい時代に、要らない物が無くなっているだけなのかも知れない、そんな気がしないでもない。

価格に価値のある時代、人と人の関係に価値が生まれなければまた来たいとは思わなくなってきた。そこに感動あり、大切な人生の時間を演出するものが無ければ人は二度とはこない。

ああ此処に来てよかった。幸せだったと思っていただく事に如何に真剣に向き合えるかだと思う。


いつだったか、大内集落の蕎麦屋の友人に意外な事を聞いた。そのお店の親父いわく、こんな蕎麦屋でも数多くのリピターがいるというのである。お客様の結婚式にまで呼ばれた事もあるという、それを聞いて正直驚いた。人との出会いをとても大切にしている、経営姿勢がそこにある。


フィレンツェの町でここに住み着いて、店員をしている日本人の女性がやはり、世界中から何度も来るお客さんがとても多いと話していた。若松も小さくてもまた行きたくなるような町になればな・・・と思う。

そんな事を考える人が、この閉鎖系のコミュニティーにも他にいないのだろうか。当たり前の話といえば当たり前のことなのだが・・・


| 01.親父の「ぼやき」 06月01日 16:12 | コメント 4 通 |

- 価格に価値のある時代(9)

oyajinopasokonn
不思議な事がある。
インターネットのどの検索エンジンでも、「会津居酒屋」と検索するとほとんど籠太の情報しか出てこない。

最近は少しでてくるようになったようだが・・時々「会津居酒屋」と検索して見る。数年間同じ事をずっとしてみている。

つまり籠太が会津では、このインターネットの世界では一人で相撲をとっている状態がここ数年続いている。どうもこの業界の人はあまり関心がないらしい。

しかし努力をする場所を間違うとはこの事だと思う。情報化社会になったのだから、自分たちも変らなければいけないのに変ろうとしない。

この話をすると「俺はわかっている」と言うような顔をする。そして「おれはやらないだけだ」とうそぶく。なかにははなから降参だと言う態度もとる。

「俺は職人だから」と妙な言い逃れも実に多い。なるべくならば楽をして努力をしないでお金を儲けたいと思っているのが良くわかる。

話をしていると、そんな姿勢から本気でお客様の満足を願う気持ちがない事を見抜いてしまう。悲しい事だがそんな考え方が変らない限り、あのマスターのお店のようにいずれは消えてゆくだろうなといつも思う。

勘違いをされても困るのは、これで集客をしていると思われる事だ 。

インターネットで集客をしようなどというのは二次的なもので、本来の目的はお客様に適切な方法で情報をきちんと提供しましょうと言う事なのだが・・・。

その事を重要なサービスと考える事が出来るかが問題なのだがどうしたものか・・・。


| 01.親父の「ぼやき」 05月23日 09:36 | コメント(0) |

- 価格に価値がある時代(8)

アフロ
もう話してもいいだろう。
以前経営者団体の青年部で代表をしていた時に、市長との交流会に何度か参加した。

そのたびに市長が語る会津の未来像に「何てばかげた事を掲げているんだ」と思った。会津若松の人口は今の倍以上にしたい、所得は今より3割増やしたい。

ばら色の夢に誰も異論は挟まない。あるときに意見を求められたので市長さんにこんなご意見を申し上げた。

「人口が今の倍以上になれると本気でお思いですか?」「実態は逆ではないんでしょうか・・平成25年頃には会津の人口は7万人前後になるという予測をどうお思いでしょうか」

市長は白けた顔をして、周りの私に向けられた視線は冷たく、会場は興ざめといった雰囲気に包まれた。市長は翌年衆議院選挙に出馬し、市にはばら色の夢の借金が山のように残った。


又その会議でこんな事が話題になった。そこに参加していた青年経営者は駅前が寂しい、何とかして欲しいと市長に嘆願している。そこにも異論を挟んでしまった。

そのときも「駅前が寂しくたって良いじゃないか・・ヨ-ロッパに行けば森林公園のようなところはいくらでもある。
金太郎飴のように、駅前の風景が日本全国どこでもおなじでなくてもいいのではないか、駅前が森のほうがよっぽどいいと思う」と発言して俺はひんしゅくを買ってしまった。

会津の人口はじわじわ減り続けている。これから必要な事は小さくてよい町をつくる事ではないのかな、という意見は誰も持ち合わせていないようだ。

この前いつも行くあるショットバーでこの市長のブレーンだった男に会いこの話をしたら「そんな事言っていたら選挙で勝てない、ウソも方便よ」と開き直られた。

閉鎖系のコミュニティーはウソもばら色の夢に変える不思議な魅力に満ちている・・。


| 01.親父の「ぼやき」 05月22日 11:09 | コメント 1 通 |

- 価格に価値がある時代(7)

天狗舞
また蔵が消えた。ここ数年いったい会津では、いくつの蔵が消えたのだろう・・お酒が本当に売れないのだと言う。

私の実家も酒蔵で、もう20年も前に廃業した。今から十年程前に埼玉の郊外で今で言う酒のディスカウンターに寄ったら、会津の大手蔵の酒が投げ売りされるような価格で売られているをの見て衝撃を受けた。

しかも10本買うと1本オマケとまで書いてあった。それを見てなんでこんな事になってしまうんだろうと考えた。

奥には新潟の久保田や他の酒がディスカウンターにも拘らずプレミアを付けて売られていた。何に問題があるのか深刻に考えさせられてしまった。

無尽のような閉鎖系のコミニティーでは誰も本当のことを言わないし、住民は気づいてさえもいないことが後でわかってきた。昔会津に入る中山峠のところに「ここより会津酒の郷」と言う大きな看板があった。正直俺は恥ずかしかった。

昨年まで近所の蔵があった場所は整地されて分譲地に変身している。昨晩消えてしまった蔵の20年古酒をお客様に飲ませていただいた。飲みながら自分の実家に残されていた古酒を飲んだ記憶がよみがえって来た。何だか悲しくなった。

いい酒を提供してくる各地の蔵を訪問して、経営者の方の品格がいいことにいつも感心する。酒を飲んだだけで経営者の人柄がなんとなくわかるような気もする。

何とかしようとして、蔵で様々なイベントを行うのもいいし、あらゆる分野の酒を全面展開するのも結構だが、しかし酒販店と本当に良い関係を末長く築こうとする姿勢がこの品格の部分に出てくる。それは酒の質にも影響するような気がする。

いい蔵は万石を造っている蔵でさえ、営業が一人も居ない所さえあるから驚きだ。

私と同世代の団塊の世代の会津の社長さんたちと話をしていると、最近何となく「頭が古いな~」と感じる事が多くなってきた。気のせいだろうか。なにかバブルの頃の匂いがするのが気になる。

そんな中でも、会津でも私たちより年下の30~40代の経営者が意外に新鮮な提案をしてくる。彼らに期待したい。


| 01.親父の「ぼやき」 05月20日 17:28 | コメント 1 通 |

- 価格に価値がある時代(6)

乾杯
店舗の移転は多くのことをきづかせてくれた。様々なマスコミに取り上げられ、居酒屋の本の表紙にまでなった旧店舗を惜しむ声は多かったが、あのお店の雰囲気が好きでお客様は来ているのだとばかり思っていたらそうでもないと気づいた。

移転したらそのままお客様はこの店に来てくれるではないか。お客様とのご縁の不思議さに驚いてしまっている。

県外から多い人で年に 数回、中には毎月のように来る人さえいる。目的はそれも籠太で飲む事だと言う。

何と言う事だろう・・宿代を払い籠太に来たくなるという話には涙が出る。

ある人に言われた事がある。「もしかしたら私たちは親父さんたちの生き方に共感しているのかもしれない。」何とも有難い褒め言葉ではないか。

楽しそうに仕事をしている顔を見たくて来ているんですとも言ってくれた。

そういえば、隣町にある知り合いの居酒屋に行った時だ。お客様に向かい、住んでいる町の行政の悪口から始まり、自分の仕事のうまく行かない事をうっぷんでも晴らすかのようにしゃべりまくっているマスターの姿が気になった。

俺はあんな事をしてはいけないと肝に命じた。価格に価値がある時代、商いをしている人の生き様に価値がなければもしかしたらもう生き残れないのかもしれない。

何を持って幸せだと思うのか、とても大切になってきたような気がする。


| 01.親父の「ぼやき」 05月15日 11:03 | コメント 5 通 |

- 価格に価値がある時代(5)

少年
会津人の志
もう十数年前になるだろうか、まだ小さかった子供を連れて飯盛山に行った。

爺さんから「飯盛山には一族の少年が祭られている」と言う話は聞いていた。飯盛山から少年たちが自刃した場所から市内を眺めていると少年たちが守りたかったものを想い涙が出て止まらなかった。

私の子供は不思議そうにそんな私の顔を覗き込んでいた。なぜ涙が出てきたのか。この子たちにもいづれ分かる時が来る。そう想いながら飯盛山を後にした。

この少年たちが本当に守りたかった会津、いったいそれはなんだったんだろう・・その事が自分の中に長い間、課題として残っている。

これからの会津には本当の求められるものは何なのか、その事を考え続けている。

だからこそ、小さな閉鎖系のコミニティー夜な夜な集い、人の悪口と悪い噂を酒の肴に酒を飲んでいる姿に吐き気を催すほど嫌悪感を感じてきた。

こんな姿が会津人の本当の姿ではない。美しい会津の自然、歴史ある伝統と文化、今の会津人にはそれを誇りと思い守り育てようとする心、気概も志も残念ながら少ないような気がする。そう思うのは私だけだろうか・・・。


| 01.親父の「ぼやき」 05月06日 11:46 | コメント 11 通 |

- 価格に価値がある時代(4)

籠太の昔
近頃閉店間際に近所の居酒屋の親父さんが同業者とおぼしき人たちを連れてよく飲みに来ていた。

話題は最近駅前に進出してきた東京のチェーン店系の居酒屋のこと。「いやマスター、暇になったよ」「参ったな~、おまけに景気は悪いし・・」「仕方がないからうちはリニューアルすることにしたよ・・」「おれの店も負けてはいられない、飲み放題をやることにした」それぞれに熱くなって語り合っている。

「マスターの店は入っているね~」「うちもたいした事ないすよ・・」そんな会話を交わす。そういえば、特に最近気にはなっていたが、閉店する居酒屋が増えてきたようだ。

価格に価値がある時代、多くのお客様は安くて量が多い方に流れる。よほど料理やサービスが勝ってない限り、勝てないだろうと思う。

それとマスターの人間力も大きいような気がする。喉まで出掛かっていてもいつも言うのをやめる。でもこう言いたい、同じ土俵で相撲を取ったら負けよ。その店の独自能力がどのようなものなのか、そこが問題なのに、努力する場所を間違っているような気がする。


リニューアルしたり、新商品を作るのもいい。飲み放題も結構。でもそんな「20世紀手法」で勝てますか?おそらく勝てないと思う。そんな事をいつも言っていたマスターのお店も、最近姿が見えないと思ったら先月閉店していた。いつも思う、どう説明すればいいんだろう・・


 
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